いつか孵る場所
歩くと汗ばむくらいの気候になっている。

透とハルが再会した時はまだ肌寒い時期。
もう今は初夏の陽気を感じられる。
あっという間に季節は変化していた。

「ハル、僕ね、多分あと1、2年で今の病院を辞めるか、非常勤になると思う」

突然の事でハルは立ち止まる。

「どうして?」

「桃子さんの実家って病院って言っただろ?」

ハルは頷く。

「兄さんはもうすぐ、病院を辞めてそちらに行く。
院長としてね。
僕、副院長で来ないかって誘われているんだ」

ただ…

歯切れが悪そうに透は俯いた。

「僕、結構今の環境を気に入っている。
この歳になってもこれでもかっていうくらい当直はあるし、呼び出されるし。
それでも、それが苦じゃないんだ」

透の迷いはハルにも見て取れる。
至の誘いに乗れば、当直はなくなる。
呼び出しも基本はない。
そうすればハルと子供との時間もそれなりに取れる。
けれど…。

「非常勤で、当直とかすればいいんじゃない?
今の病院も透が抜けると小児科、大変なんでしょ?
透さえ、体調がだいじょうぶなら、いいと思うよ」

「…ハルに負担が掛かるのも辛い」

「その為にお義父さんとお義母さんと同じ場所で住むんじゃない。
本当に辛い時は二人を頼るから大丈夫。
透を必要としてくれる人のために自分がすべきことをしっかり考えて」

透は切なげにハルを見つめると

「頼むからこれ以上泣かせる事を言わないでくれ」

「泣き虫先生、しっかりしなさい」

「…そのあだ名もやめてくれ」

ハルは吹き出して透の背中を軽く叩いた。

しばらく海を見ながら歩いていると

「透、お腹空いた」

ハルが珍しくそんなことを言う。
透は目を丸くして

「今朝もそんなに食べられなかったのに、大丈夫?」

ハルは頷いて

「この広い海を眺めながらゆっくりご飯食べたいなあ」

「いいよ、良いお店を知っているからそこに行こう」

二人は見つめ合い、微笑んだ。
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