いつか孵る場所
− 寒っ… −

春は間近とはいえ、夜は寒い。

真由は思わず首を竦めた。

コートから見える手。

まだ少し震えていた。

あんなに大勢の人の前で感情を出した事がなかった。

− そーちゃんに会いたいなあ… −

無性に会いたくなった旦那様。

多分、あの人が生きていればこういう感情を出すことはなかったと思う。

真由は暗い夜道をトボトボ歩く。

「…そーちゃん」

無意識に呟いてしまった。

何かあればいつも愚痴を聞いてくれた。

自分が間違っていたら諭してくれた。

きっと今日みたいな日は思いっきり抱き締めてくれるだろう。



いつの間にか目から涙が溢れた。



− …あ −

コートのポケットからスマホを取り出す。

電話のコール。

透だった。

真由は涙を抑えて電話に出る。

「…何かあった?」

透にはすぐバレてしまった。

「うん…、ちょっと…」

最後の声は消えてしまった。

「迎えに行くよ、今、どこにいる?」

「いいから」

「良くない。こちらは今日担当の先生にきちんと指示を出したから今から帰るところ。だから、どこ?」

普段、優しい声の透。

少し強い口調で言われると…。

真由は降参した。
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