いつか孵る場所
「こんばんは」

透は先客に向かってそう挨拶をした。
多分会社の上司か同僚であろうその見舞いの男性は声も出さずただ軽く頭を下げただけであった。

「どうですか?気分は?」

どことなく他人行儀な透の声。
そう、患者に対して使うあの、独特な優しくて少し甘い声。
ハルは少し不安になる。

「ええ…。おかげさまで少しは良くなりました」

ハルの口調も硬い。

「とはいえ中々下がってこないので…。まだ39度を超えた状態ということなので入院している間は少しでもゆっくり休んでください。仕事のことを考えたりするのは厳禁ですよ」

ちらっとあの男性を見る。

- うん、そうか -

透は自分の心の中でそう呟く。

- ただの職場が同じ人、じゃないなあ -

「あのっ、透」

下の名前を呼ばれてビクッとする。

- これが彼氏だったりしたら、普通は呼ばないよねえ -

透は首をかしげてハルを見つめた。

「これっていつくらいに熱が下がりそう?」

普通にしゃべってきたので透も口調を変える。

「…今入れてる抗生剤が効かないようだったらまた変えるとは思うけど。まあ、普通だったら明日、明後日には下がるかなあ」

もう一度、見舞いの男性を見る。
口調が砕け、少し驚いた様子だった。

「そう、じゃあ今週は仕事行けないよね」

「何、仕事の事、考えてたの?」

少し、頭に来た。

「【ハル】一人に頼らざるを得ないのっておかしいよ。そこは周りが少しずつカバーに入らないと」

透は【ハル】を強調する。

「いい?仕事の事、考えるなよ」

あまり、こういう命令口調を、しかもこういう言葉の使い方はしない透だが、どうもこの男が気に食わない。
思わずキツくなってしまった。

「うん、わかった」

ハルの言葉に透は大きく頷いた。
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