いつか孵る場所
大竹が帰ってからハルはボンヤリと天井を眺めていた。

確か10日前、熱が出たので仕事帰りに近くの病院行くとインフルエンザと診断された。

薬を飲んでしばらく家で休んでいたけれど微妙な熱の上下があった。

年度末だし、先週末に仕事に行って夜まで頑張ったら途中で記憶がなくなった。

確か夢で久しぶりに透を見た気がした。

白衣を着て颯爽と歩く姿。

きっと彼の事だから、外科医になっているのだろう、とその時思った。

その時、みぞおち辺りに激痛が走り、自分の名前を呼ぶ透の声が聞こえたと思った。

うっすらと目を開けると白衣を着た透がいて、

− ああ、本当にお医者様になったんだなあ −

と思った。



高校の時、不本意な別れ方をしたのがずっとハルの心に引っ掛かっている。

ある時、透の母親はハルを待ち伏せしてこう言った。

「透の将来を思ってくれるなら別れて欲しい」

確かに彼は優秀。

何をさせても上手く出来て、特に学問に関してはどの分野の勉強も出来ていた。

学校も開校以来の頭脳明晰な生徒が入ってきて、力の入れようが凄かった。

透はというと色々な期待を一身に背負っているにも関わらずどこか褪めていて、周りの期待に沿わない動きをしていた。

自分が周りに流されないように必死に足掻いていたのかもしれない。

それはさておき、勿論、透の事は好きだったから別れたくはなかった。

だけど透の足手まといにもなりたくはなかった。

だから別れようと言ったのに。

『遠い未来で再び出会って、お互い誰もいなければ…もう一度僕にチャンスを頂戴』

透の言った言葉。

今でも胸に突き刺さっている。

ふと、スマホを手に取り、着信履歴を見る。

土曜日に発信されたこの番号。

一応は登録したけれど、連絡する勇気はない。



ハルは大きくため息をついた。
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