いつか孵る場所
「…ああ、それはナツの」

「なっちゃん?」

透にとっては懐かしい名前だった。

「うん。あの子、透の事が大好きで、ずっと憧れてたよ。大学も1浪して透の大学に」

「そうなんだ…」

「ナツも私もきっと透はどこかでお医者様をしているのだろうねって言ってたけど、こんな身近でいるとは思わなくて」

ハルは手際よくお茶の準備をして透をテーブル前に座るように勧めた。

透はハルに勧められるまま、座った。

「ナツも医学部だよ。今は4年。あ、今年度から5年か」

「えー、そうなんだ」

今日、ハルから聞く事は驚く話ばかりだった。

「時々しか帰ってこないから…淋しい」

「そっか…。まずあそこに入ったら帰って来られないしね」

それは自分がよくわかっている。

「なっちゃんの学費や生活費は大丈夫なの?」

家賃が安いこの手のアパートに住んでいるとなるとかなり仕送りしているのではないかと思う。

「ちょうどナツが高校卒業くらいの時に母が亡くなって、その死亡保険金と後は私の貯金で予備校に…だけど額なんてそんなにないから。今も出来るだけ節約して送ってる。でもそんなの、生活費で消えちゃうよね。授業料はナツが奨学金を借りてる」

ハルは苦笑いをして説明した。

「ハルは凄いよ、本当に」

透は感心した。

自分も親の援助を断って奨学金で学費を支払っていたけれど、それは自分の為だけ。

ハルは人の為にしている。

ナツの為に自分の出来る事をするハル。

昔も今も変わらなくて、透は嬉しかった。
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