いつか孵る場所
「ではよろしくお願いします」

「いえいえこちらこそよろしくお願いします」

自分の回診の合間を縫って至は小児科病棟へ赴く。
透が居なかったのでちょうど良かった。
師長の河内は嬉しそうに至を見つめた。
至も何度も頷いて次は産婦人科へ。
産婦人科部長の江坂にも念のために話をつけておいた。

「まあ、透先生に限ってそういうことはないとは思いますが、至先生がわざわざ来られるというのは何かおありなんでしょうな。万が一の時は協力しますよ」

「ありがとうございます」

至は江坂に深々と頭を下げていると透が産婦人科横のNICUにやって来た。

「透」

至はNICUに入って行こうとする透を呼び止める。

「はい」

「ちょっと」

手招きして、人通りの少ない場所に移動した。

「兄さん、何?」

声が少しイラついていた。

ハルと一緒に過ごした夜。
呼び出しがあって午前3時から勤務し、その夜は当直。
そのまま通常勤務なので透の疲れが色濃く、今にも倒れそうだった。
現に今、NICUでは不安定な状態の赤ちゃんがいる。
多分、今日も家には帰られない。

「イライラしても何も解決出来ないぞ」

「…うん」

透はため息をついた。

「ハルちゃんから聞いたよ」

透は目を丸くする。

「付き合う事にしたんだってな。良かったな」

「…うん、ありがとう」

どことなくテンションが低い透。

「父さんや母さん、手強いと思うけど、ちゃんと伝えるんだぞ?
ハルちゃんをちゃんと守るんだぞ!」

至は透の肩をガシッと掴んだ。

「…うん、わかっているよ」

「何かあれば応援するから」

至はそう言うと透の背中を叩いて立ち去った。



− あ…そうか −

透はボンヤリした頭で考える。

− 今日、ハル…外来に来てたんだ… −

そういう事さえわからないくらい、忙しかった。

透は頭を左右に振って、NICUに入っていった。
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