いつか孵る場所
病院を出たのは午後10時。
資料も出来たし、苦手な黒谷とも少しは打ち解けたみたいだし、何とも気分が良い。
いつもならこの状態になるとすぐに家に帰ってすぐに眠りについてしまうのにそれも無理っぽい。

夜空を見上げると今日は月が少し欠けているように思える。
十六夜の月も実に美しく、昨日のことをふと思い出させる。

- ハル… -

心の中で名前を呼んでみる。
会いたくてたまらない。


そう思っていたのに。
振動を感じてスマホを手にする。



「…はい」

露骨に不機嫌そうな声で返事をする。

『透、あなた付き合っている人がいるの?』

何か文句を言いたげな母の声。
家に帰った父に話を聞いたみたいだ。

「いちゃ、悪い?」

イライラを短い言葉に込める。
込めたところで全くビクともしないが。

『なら一度家に』

「嫌」

『透!』

「もう切るよ」

そう言って即、通話を終えた。



- イライラする -

またすぐにスマホが揺れた。
無視するか…
画面を見てすぐに出た。

『透?』

「ハル!!」

思わず叫んでしまった。
周りに誰もいなくて良かったけど。

『仕事、終わった?』

「うん、さっき」

『お疲れ様』

もう、その言葉だけで充分。

「本当にありがとう」

心の底から透は言った。

『ご飯は食べたの?』

「まだ…」

少しだけ、空腹な自分にようやく気が付いた。

『少し多めに作ってあるから、持って行こうか?』

「ハルは僕の女神だね。
ありがたいけど、夜にあまりハルを外に出したくない。
僕が今から行くよ」

透は通話を切って、自分の家とは逆方向にある駅に歩き始めた。
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