雪国ラプソディー
日の長くなった夏の夕方は、まだ明るくて眩しい。私はカーエアコンの風を存分に浴びて呟く。
「てっきりもっと涼しいかと思ったのに。あっちとあんまり変わらないですね」
「当たり前だろ。どこの高原と勘違いしてるんだよ」
小林さんは呆れたように言うと、ハンドルを回して方向転換をした。
「この橋、綺麗ですねえ」
行きのタクシーでも通った、長さも幅も大きな赤い橋に差し掛かった。抜けるような夏空の水色と、ゆったりと流れる清い川の群青色に挟まれて、より橋の鮮やかさが際立っている。
「子どもの頃は、この橋通るの楽しみだったんだよ。親にせがんで、何回も往復してもらったりして」
その話を聞いて、小林さんの思い出を少し分けてもらった気分になった。昔はもっと、感情豊かで素直な少年だったのだろうか。それとも、既に出来上がっていたのだろうか。想像して、ふふふと笑いが漏れる。
「何笑ってるんだよ」
「い、いえ、別に」
思いっきり聞こえていたようだ。慌てて口元を隠す。
そこでふと、疑問が生じた。
「あれ? 小林さんはこの辺りに住んでいたことがあるんですか?」
物理的な距離はよく分からないけれど、営業所のあった所の駅と、今日参加した披露宴会場の最寄り駅は大分離れている。新幹線だって、2、3駅は違ったはずだ。
「ここ、俺の出身地なんだよ」
「そうだったんですか!?」
なるほど。道理で友人がたくさんいた訳だ。聞けば小林さんは高校までこの地元で過ごしていたらしい。高校という単語に思わずピクリと反応してしまう。
「が、学ランですか、ブレザーですか?!」
「学ランだけど、何で?」
「あっ、いえ! 大した意味はありません!」
「はあ」
(うわあ、これまた学ランが似合いそうな……)
訝しむ小林さんを横目に、ひとり赤くなって慌てて窓の外を見た。
もし高校生の頃に小林さんと出会っていたら、きっと今みたいな関係にはならなかったと思う。それどころかひと言も話なんてできなかっただろう。
そう考えれば考えるほど、今私が置かれているこの状況が奇跡のような気がして。
どう考えてもアルコールのせいだけではない、顔の熱さに戸惑ってしまった。