雪国ラプソディー
エスカレーターに乗って、少し歩くと、開けた空間に出た。中央の、巨大な水槽が目に留まる。動きの速い大きな魚から、熱帯魚のようなカラフルで小さい魚まで揃っていて、賑やかだ。
「小林さんも、デートで来たことあるんですか?」
気付いたら、そんなことを聞いていた。
「……ああ、まあ」
何とも曖昧な回答だと思った。それ以上聞くこともはばかられたので、私はそれっきり黙って巨大水槽へと近寄った。
その水槽には、たくさんの回遊魚が群をなして泳いでいた。
薄暗い館内から水槽を見ると、所々ちらちらと明るい仄かな光が、とても幻想的だ。群れの魚たちが通ると、体の銀色が反射して眩しい。
「浅見は?」
「はい?」
「浅見は、あるの?」
背後から声をかけられて振り返ると、小林さんと目が合った気がした。主語が全く無いけれど、さっきの話の続きだと分かる。
「……そりゃまあ、ありますよ」
私は心の引き出しの奥底にしまってあった、甘酸っぱい思い出を引っ張ってきて、いくつか頭に浮かべた。
「待ち時間が長すぎて、ケンカしたこともあります」
「へえ」
小林さんが笑ったのが分かる。薄暗くて顔がはっきりとわからないおかげで、余計なことを喋ってしまったかもしれない。
「私の話はいいですから。小林さん、次、行きますよ!」
「おい、あんまり離れるなよ」
この暗さがいけないんだ。
私は慌てて、次のコーナーへと向かった。
後ろから着いてきてくれる小林さんの気配を感じて、急に緊張してくる。
(何だかいいなあ、こういうの。久しぶりだ)
次のコーナーの入口で小林さんを待ちながら、思わぬ疑似デート体験にドキドキしてしまった。