雪国ラプソディー
やがて、目的の駅が見えてくる。
「お疲れ様」
小林さんは、前に送ってもらったときと同じロータリーへ車を停めた。
私はシートベルトを外して、運転席にいる小林さんにちゃんと体を向ける。
「小林さん、昨日今日と本当にありがとうございました」
改めておじぎをすると、ふ、と声が漏れた。やっぱり優しい目をしている。
ーー浅見、これが最後のチャンスだからね!
わ、わかってる。
でもいざ小林さんを前にすると、何も言えなくて。蕎麦でいっぱいのお腹以上に、胸がひたすら苦しい。
「あの、それじゃ私っ」
帰ります、と続けて。
これ以上視線を合わせることが辛くて、私はドアを開けて車外に飛び出した。
……はずだった。
「あれ? えっ?」
ドアが開かない。ガチャガチャとドアハンドルを動かしても、小気味良いいつものドアの開閉音は鳴らずに、スカスカと空気を含んだ手応えのない音がするだけだ。
「浅見」
小林さんが私を呼ぶのと、右腕がつかまれたのは、ほぼ同時だった。強い力が私の体を支配して後ろへ引っ張られ、自由が利かなくなる。
私は、強制的にまた小林さんへと体を向けることになった。
「……あ」
ーー運転席と助手席は、案外距離が近い。
今日何度も見つめたそのモスグリーンのシャツが、田んぼの上を吹き抜ける夏の風を連想させた。眩しくて、生命力が満ちている。