雪国ラプソディー
営業所滞在記(前編)

そんなに時間はかからずに、私たちは営業所に到着した。雪が無ければもっと早かっただろう。
大分こぢんまりとした、2階建ての建物だった。淡い黄緑色の壁が、雪の色と絶妙にマッチしてかわいらしく思えた。この建物の1階部分を借りているようで、会社の看板が取り付けられている。

きれいに除雪された駐車スペースに車を停めて、小林さんはシートベルトを外す。


「ありがとうございました」


私もシートベルトを外そうと手をかけて、あることに気付いた。とても重要なことに。
何で今まで気付かなかったんだろう。


「あの。私、荷物を渡すだけって聞いてたんですけど」


果たして営業所まで来る必要あったのかな、と小林さんを横目で見る。もっと早くに気付いていたら、あんな恥ずかしい思いはしなくてよかったはず。

小林さんは不思議そうな顔をした。


「そうだけど?」


ーーーそうだけど?
ではなぜ、私は今ここにいるんでしょうか。


「……駅でプロジェクター渡した時点で、お役御免だったかな、と……」


私の発言の意味が分からなかったのか、小林さんは2、3秒黙り込んだ。

そして、次に発せられた言葉は、衝撃の事実だった。


「だって今日、泊まりなんだろ?」

「泊まり?!」


そんなの聞いてない!どういうこと?

私が急に大きな声を出したせいか、小林さんは、ドアにのばしかけた手を下ろして私の方に向き直る。幾分困惑した様子で。


「うちの所長がさ、本社からの客人をもてなさずに帰せないって。それで、そっちの課長に相談したんだよ。二つ返事でオッケーだったって喜んでいたけど……本当に聞いてないのか?」

「全っ然、全く何も聞いてません……!」


嘘、嘘でしょ。誰か嘘だって言って。
だって私、小さいカバンひとつで、着替えなんて持って来ていない。それにホテルも予約していないし!


「あの、そんなに気を遣っていただかなくて大丈夫なので、私」


ご挨拶したらすぐ帰ります、と、早口でさり気なく断ろうとしたけれど。


「ホテルは空いてるところ探してやるよ。この近くに服とか売ってる店もあるし」


経費で落とせるだろ、と特段何も気にしていない様子の小林さん。そのまま運転席のドアを開けて出て行ってしまった。私があんなに苦労して運んできたプロジェクターも、彼にかかれば何ともないようで、軽々と運んでいく。


いきなりバタバタと決められた内容に、頭がついていかない。私は、車内で放心状態になった。


ちょっと待って。
この真冬に極寒の雪国で泊まりって。

泊まりって。


ーーー私、この街で凍死したらどうしよう。


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