雪国ラプソディー
営業所滞在記(後編)

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「浅見さん、お待たせ」


中村所長が貸してくれた、この地方の情報誌をめくっていると、やけに楽しそうな声がした。
別に私は待っていた訳ではない。


「あ。その店のプリン、美味しいよ」


一緒に買いに行く?とさも当たり前のように隣に腰かけて、雑誌をのぞき込んでくる。
そばに寄った髪の毛からふんわりと柑橘系の香りがして、クラクラした。


「村山君、準備どう?」

「そりゃもうバッチリですよ!小林さんは、まだ機械の最終確認中ですけどね」


小林さん凝り性だからなー、と笑う。
どことなく嬉しそうなのは、お互いにちゃんと信頼し合える存在だからなのかもしれない。中村所長に聞いた通り、良い関係なのだろう。

さっきはあんなに嫌そうな顔をしていたけれど、小林さん本当は村山さんのことをとても心配しているんだ。
本人不在だからこそ、そのことに気付いてしまい、思わず笑ってしまった。


「そうだ。所長、和室使っていいですよね?」


村山さんが立ち上がって声をかけた。私を誘導するように手招きする。ちらりと中村所長の方を見ると、ごゆっくり、と笑顔で送り出された。


「今日は事務員さんが休みなんだ」


営業所の奥にある、ドアの無い小さな和室。
今日は大雪のため休んでいるという事務員さんが、普段休憩用に使っている部屋だそうだ。


「あっちだと落ち着かないでしょ」

「ありがとうございます」


気を遣ってくれたようで申し訳なく思った。
村山さんは、部屋の隅にある石油ストーブのスイッチを入れる。


「荷物とかテキトーに置いて座って。自販機は無いけど、向こうの給湯室は自由に使っていいからね」

「はい」


さっき中村所長と話して知ったこと。

それは、この営業所には所長と小林さんと村山さん、そして事務員さんの4人しかいないということだった。
普段本社勤務の私からすると衝撃的なことだ。電話の応対や来客の対応も皆でカバーしなければ絶対回らない。
「そんなに忙しくないよ」と中村所長は言っていたけれど……。

一見軽そうに見えた村山さんだけど、とても小さなことにも気付いてくれる。本社にいたら、絶対にわからないことだ。


そんなことをぼんやり考えていたら、村山さんの声がすぐ近くで聞こえた。


「こんなことなら、僕が迎えに行けば良かったなー」


顔を上げると、大きな目が視界に飛び込んでくる。こういう顔を、世間一般では甘いマスクと言うのだろうか。ふわりとした髪の毛に、茶色い大きな目。
切れ長な目のせいかクールな雰囲気の小林さんとは、正反対な印象だ。

私の横にしゃがみ込んだ村山さんは、そのまま私の頭に触れた。


「浅見さんってさ、なーんかちょっかい出したくなるね」


にこにこと微笑まれる。
いやいや、意味がわかりません。
こんなにベタベタ触られても平気なほど、私は男の人に慣れていない。


「村山さん、ちょっと、馴れ馴れしいです……!」


私は、頭をガードして村山さんをにらんだ。
思っていたより大きい声が出たけれど、構っていられない。


一瞬「お」という口の形をして。

数秒後、村山さんは顔をくしゃくしゃにして笑った。


「ふふ。赤くなっちゃってかわいいねー」


前言撤回。
この人『一見軽そう』ではなく『見た目通り軽い』です……。


「じゃあ僕、電話しなきゃいけない用事があるから」


ゆっくりしててね、と言い残して出て行った。


ーーゆっくりできなかった原因は、村山さんにあるんですけど。


爽やかな香りに包まれながら、私は大きなため息を吐いた。


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