雪国ラプソディー
宴席での素顔
営業所に戻ると、中村所長と村山さんが待ち構えていた。これから歩いて行ける近場の店で、飲み会を開催してくれるという。
「この大変なときに、気を遣っていただかなくても……」
「気にしないで。感謝してもしきれないくらいなんだから」
お客さんが来る前より幾分リラックスした様子の村山さん。こんなに歓迎されることなんて、今までの人生であっただろうか。私はひとりでじんわり感激していた。
「所長、今日タクシーですか?」
「うん。明日は嫁さんに送ってもらうから車は置いてくよ」
前を歩くみんなの会話を聞いていると、お酒を飲んだ後車をどうするか真剣に談義していて面白い。
3人に言われるがままに連れてこられたそこは、個人経営の居酒屋のようだった。和風の一軒家のような佇まいが、どこか懐かしさを感じさせる。
赤い暖簾をめくってガラガラと引き戸を開けると、カウンターが見えた。
私たちの他に客はいない。
「無理言って悪いね」
中村所長が片手をあげて愛想良く挨拶すると、大丈夫、とカウンターの奥から板前さんが顔を出した。
「いいにおい」
煮魚だろうか。香ばしい醤油の香りが充満している。
「腹減ってるだろ」
そう言えばお昼を食べ損ねた、と今更ながら気付く。気を張っていて空腹を感じなかったようだ。小林さんに案内されて、座敷の奥の席に座る。
「浅見さんの隣にしよっと」
有無を言わさず私の隣に座った村山さん。小林さんは私の向かいに座った。
「所長の同級生がやってるんだ、この店」
小林さんが、渡されたおしぼりを広げながら教えてくれた。だからあんなに中村所長と板前さんは親しいのか。カウンターでまだ話し込んでいる。