雪国ラプソディー
乾杯してしばらく経っても、小林さんはさっきの続きを話してくれなかった。
気のせいだったのかな、何か言いかけた気がしたんだけど。
「何だよ」
バチっと目が合って、不審そうに声をかけられた。私の視線にずっと気付いていたような言い方に、気まずくなる。
「小林君、言い方に気を付けないと、モテないよ」
優しい声色なのに意外とキツいことを言っている中村所長のアンバランスさが面白い。
小林さんは仏頂面のまま、ジョッキを煽っている。
「でも何故かモテちゃうんですよねえ、小林さんて」
ずるいよなあ、としみじみ呟いた村山さんの声に、今度は思いっきりむせている。
へえ。小林さん、モテるんだ。
私は骨まで柔らかい煮魚をつっつきながら、村山さんのことをちらりと見た。
「……お前何言ってんだよ」
アルコールのせいかもしれないけれど、ちょっと赤くなっている小林さんが、村山さんをにらむ。
「聞いてよ浅見さん。小林さんて訪問先の女の子にキャーキャー言われてるんだよ」
「へ、へえ……」
こんなに怖いのに、キャーキャー?!
「この前だって、代わりに書類を持って行ったら〝小林さんと仲良くなるにはどうしたらいいですかー〟って。思わず携帯番号教えてあげようかと思いましたよ」
小林さんは、村山さんを無視して枝豆を食べている。照れているのか恥ずかしいのか、こういう話題が苦手のようだ。
「せめてもう少し笑ってくれたらいいのになあ。ねえ、浅見さん?」
中村所長まで私に振ってくる。なんて答えづらい質問……!
「え、ええ、まあ、そうですね」
曖昧に濁して、大ぶりで噛み応えのありそうな漬け物の盛り合わせに逃げた。今は何と答えても、火に油を注ぎそうで。
塩がよく効いたきゅうりを頬張りながら、ふと思い出す。
ーー営業所へ向かう車内で見た笑顔は、もしかしたらとんでもなくレアだったのかも。
それに気付いた私は、箸を落としそうになって慌てた。