雪国ラプソディー
突然の進路変更
翌日午前9時半。
願いが通じたのか、昨日とは打って変わって一面の青空が広がっている。曇っていたから昨日は分からなかったけれど、向こうにボコボコと高い山が見える。山に生えている木々が雪を被っていて、真っ白な部分と深い緑色の部分のコントラストが見事だ。
軽い二日酔いの頭をすっきりさせたくて外で深呼吸をしていると、小林さんの車が敷地に入ってきた。
「おはようございます」
近付くと、小林さんは驚いて車から降りてきた。
「中で待っていればよかったのに」
寒いだろ、と促されて、助手席に乗る。
「恥ずかしながらちょっと二日酔いで。外の空気を吸えば良くなるかなって……」
何か面白かったのか、ふ、と小さく笑う小林さん。そんな些細なことにも反応して、ドキドキしてしまう自分がいる。
昨夜のこともあり、正直どんな顔をすればいいのか分からない。小林さんはそこそこ酔っていたはずだし、もしかしたら何も覚えていないかもしれない。むしろ、忘れてくれていたらいいのに。
どういうつもりであんなことを言ったんだろう。
ーーああ、調子が狂って変な気分。
「歩いて営業所に行けるので、迎えに来てもらわなくても大丈夫でしたね」
努めて明るく振る舞う。わざわざ迎えに来てくれたのは、どうしてだろう。
「いや、今日はこのまま駅まで送るから」
「え!?私、皆さんにちゃんとご挨拶してないです!」
営業所には寄らずに、駅に送ってくれるという申し出に驚いた。てっきり一旦営業所に寄ってくれるものだと思っていたから。
「所長には言ってある」
「……そうですか」
何も問題ないという言い方だった。困惑した私の気持ちを置き去りにしたまま、車は発進した。
昨日来た道と逆を辿って行く。雪もすっかり落ち着いて、昨日より交通量が多い。
一晩中除雪作業が行われていたようで、スムーズに走ることができる道路は、きれいに平らになっている。
流れる街並みを眺めていたら、急に寂しくなった。
ーー駅に着いたら、もうこの街とも、小林さんともお別れなんだ。
出会ってたったの1日。
短い間だったけれど、小林さんは確実に私の中で大きな存在になっている。
さっきだって、笑い声を聞いただけなのにドキドキしてしまうし。ほんのちょっとした態度や言葉に、こんなに気持ちがぐらぐらに動いてしまうなんて、こんなに遠い場所へ来てしまったせいなのだろうか。
それとも、吊り橋効果ってまだ続いてる?
「浅見、まだ時間ある?」
突然声をかけられてハッとした。
隣を見ると、運転中でまっすぐ前を向いたままの小林さん。昨日と変わらない、真剣な横顔。
「あります、けど」
よく考えもせずに反射的に返事をしてしまったなと、後になって気付く。
新幹線は指定席を予約していた訳ではないから何とでもなるし、特に帰社時間を指示されているわけでもないから問題はない、はず。
そこまで頭の中でぐるぐる考えて、ああ、これは完全に私の言い訳だな、と思った。
ーーもう少し一緒にいたいって、認めたくないだけの。
小林さんは何も言わない。
まっすぐ行けば駅に続く道だったけれど、途中でウインカーを右に出した。