雪国ラプソディー

「え?」


今、いいって言った?
もう要らないから捨てていいっていう意味なのかな。


「……それなら私の方で処分しときますね」


物の貸し借りが、次の機会に繋がると良かったのにな、と途端に残念な気持ちになる。


『おい、勝手に捨てるなよ』


もう何度目かのため息混じりの呆れ声だと言うのに、懐かしさで胸がいっぱいになった。


『またすぐ会えるだろ。次でいいって意味』

「つぎ、って……」


思ってもみない回答に、何て答えていいのか分からない。また小林さんに会うことができるのかもしれないと思うと、胸が高鳴った。私って、ホント現金。


『本社に出張する機会はたまにあるから。近くなったら連絡するよ』


そ、そうなんだ……。
営業部とはほとんど交流がないから知らなかった。もしかしたら、今までもどこかですれ違ったことがあったのかも。
そんなことをぼんやり考えていたら、思いがけないことを言われた。


『ま、浅見がこっち来てもいいけど』

「え、あ、あの」


それは、どういう意味なんでしょうか。
私が返事をどうしようか悩んでいるうちに、お大事に、と電話は終了してしまって。


私、またからかわれていた、の?
もし本当に行ったら、小林さんはどういう顔をするんだろう。歓迎してくれるのかな。それとも、嫌がられてしまうのかな。
受話器を置いても、まだ心臓がドキドキと早鐘を打っている。


ーーだめだ。私、やっぱり諦めきれないよ。


本社に来ることもあると言っていたし、そのときに食事に誘ってみようかな。
昼休みになったら、早速ご飯屋さんを探してみようと浮き足立つ。断られるのは怖いけれど、今はまだ、このドキドキと一緒に過ごしていたい。

ああ、今日はマスクを付けていて助かった。私の口元は、見えないけれど今完全ににやけている。


「どうしたの? 何かいいことあった?」

「えっ! いや、まあ……あはは」


隣の席の先輩に急に声をかけられて、動揺してしまった。にやけていたの、どうか気付かれていませんように!


ごまかすように先輩へクッキーをおすそ分けしながら、遠い雪国へ思いを馳せる。たったの一泊二日で、悩んだり笑ったり励まされたり、私を成長させてくれた突然の出張。


「よし。私も頑張ろう」


私はパソコンに向き合って、通常業務に取りかかり始める。出張に行く前のうじうじ悩んでいた頃が嘘みたいに、気分が晴れやかだ。前向きになるきっかけをくれた営業所と小林さんには、感謝してもしきれない。


こんな数日でころころ変わる私の気持ちは、まるで狂詩曲のようだ。


まだそれは小さな憧れなのかもしれないけれど。いつか胸を張って、この思いを伝えられるようになりたい。
ディスプレイの横に置いた白鳥クッキーを眺めながら、そう誓った。



【終わり】
< 60 / 124 >

この作品をシェア

pagetop