雪国ラプソディー


「ーーあれ? もしかして君が秘書課の〝浅見ちゃん〟?」


私たちの前に、営業部の吉野係長がやってきた。彼は営業部第一課の係長で、最近よく内線電話ではお世話になっている。理由は既知の通り、村山さんからの電話取り次ぎだ。


「君のことは何度か見かけたことがあったけど、あの〝浅見ちゃん〟と同一人物とは知らなかったな」

「吉野係長。何でその呼び方……」


嫌な予感がしつつもぼそりと呟くと、吉野係長はにこりと笑顔を見せた。


「ダイヨンの村山がよく呼んでるでしょ。……君の彼氏の」

「彼氏?!」


営業部では営業所のことを略称で呼んでいるらしく、第四営業所は〝ダイヨン〟と呼ばれている。


「違うの? あんなに電話かけてきて羨ましいってあっちこっちで話題だからさ」

「誤解です! 本当に違うんです」


よりによって小林さんの前で何てことだろう。否定すればするほど必死な感じがして逆効果だということは、頭では分かっているのに。


「小林も知ってるんじゃないの、そのこと。ダイヨンだったよな?」

「いや、俺は……」

「まさか三角関係とか? 大スキャンダルだなあ」


そう笑いながら小林さんに、あと10分くらいしたら昼飯行くぞ、と言い残すと歩いていってしまった。

冗談とはいえ残された私たちの間に、気まずい空気が漂う。


「……」

「……浅見、村山と付き合ってるのか?」

「違いますよ……そんな簡単に信じないでください」

「あ、いや、悪い」


私はこの気まずい雰囲気を何とかするために、一生懸命弁解した。もうこの際、村山さんには徹底的に悪役になってもらうことにする。


「村山さんてば、ひどいんですよ! 私経由で営業部に電話回させるんです」

「は? 何だそれ」

「知りませんよ! おかげで課内じゃ村山さんが私の彼氏だと思われてるし、営業部の人にはさっきみたいにからかわれるし……」


小林さんは、なにやってんだよあいつ……と呟くと、ひとつため息を吐いた。


「悪いな、手のかかる後輩で」

「本当ですよ。ちゃんと教育してください」


私が結構な剣幕でまくし立てたせいか、小林さんは笑っていた。そろそろ10分経ちそうだという頃、小林さんも時計を見た。


「そろそろ時間だな。……今日、午後会議なんだ。終わったら内線するから」

「はっ、はい! ……よ、よろしくお願いします」


突然そんなことをさらりと言われて、ひとりで慌ててしまった。別に同僚がご飯に行くことくらい普通のことなのに、周りの目が気になってしまってきょろきょろと辺りをうかがう。

そんな私を見て、忍者かよ、とツッコミつつ、小林さんは先ほどの吉野係長の元へと歩いていった。


小林さんの後ろ姿を見送りながら、コピー機の前で立ち尽くしてしまう。


(私、本当に小林さんと約束してるんだ……)


まるで、夢を見ているようだった。


< 71 / 124 >

この作品をシェア

pagetop