雪国ラプソディー

「そろそろ時間だな」


腕時計を見てぽつりと呟く小林さんの声を聞いて、現実に引き戻された。


「またこっち来いよ。所長も会いたがってたし」

「嬉しいです! よろしくお伝えください」


優しい中村所長のにこにこした顔を思い浮かべる。また私も営業所に行きたいけれど、その願いは叶わないかもしれない。


これから駅へ向かって、そのまま向こうへ戻るという小林さんを見送った。さすがに会社のエントランスまで着いていったら変に思われるので、このエレベーター前でお別れだ。


やがてエレベーターが来て、小林さんが乗り込む。振り返った彼は、心底申し訳なさそうな顔をしている。

……小林さんは悪くないのに。


「本当悪かったな」

「気にしないでください。こっちこそ忙しいのにすみません」



私は、浮かれていた気持ちを戒めるようにぺこりとお辞儀をした。

何となくだけれど、もう次は無いような気がする。結局こうなる運命だったと思えば、かえってその方が自分の気持ちを整理するいい機会なのかもーー。


「浅見」


エレベーターの中から声がかけられて、俯いていた顔を上げると、思いっきり視線が合った。さっきまでの申し訳なさそうな表情から一変して、少しだけ笑っているような、何とも言えない優しい顔。


「またな」


そのまま扉が閉まり、滑車の低い音が遠くから小さく響く。

あまりの不意打ちに、私は思わずよろけて壁につかまってしまった。


(い、今のは一体……)


小林さんは相変わらず私を混乱させるのが上手い。私の心の中、読まれているんだろうか。


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