冷徹上司は大家さん!?
「えっ……永原?」


 目を真ん丸に見開いた顔で私の名前を読んだのは、あの浅野課長だった。

 それも、真っ白な割烹着に身を包んでいる。


 今朝、エレベーター会ったときは高そうなスーツを着こなしていた彼が、実家のお母さんのような格好で私の前に立っている。


「な、永原……どうしてこんな所にいるんだ? とりあえず、立てるか?」

「は、はい……」


 わけがわからないまま、差しのべられた手を取って立ち上がる。


「うわ、擦りむいてるな。消毒しよう、こっち来てもらえるか?」

「えっ!?」


 そう言った課長は私の手をそのまま引っ張り、ドアを開け玄関に座らせた。


「ちょっと待ってて、消毒液持ってくる」


 部屋の奥へと消える課長の背中を眺めながら、私は必死に状況を整理しようと試みる。

 えっと、大家さんの部屋の前に行ったらドアが突然開いて、おでこをぶつけて、ほとんど話したことがない上司に手をひっぱられて……?


 だめだ、全然頭が働かない。

 ドアに思い切りぶつけたから脳細胞が壊れちゃったのかな……なんて余計なことを考えていると、課長が救急箱を持って戻ってきた。
< 14 / 301 >

この作品をシェア

pagetop