冷徹上司は大家さん!?
「お腹空いた……」


 思わずぽつりとつぶやく。さっきまではおでこの痛みに意識をもっていかれていて気付かなかったけれど、この部屋には食欲をそそるいい匂いが充満している。

 もともと空腹感を感じた状態でこの部屋まで来たのだから、食欲が刺激されるのにも無理はなかった。


「飯、食ってく?」

「え?」

「挨拶した後、試作品差し入れようと思ってたんだ。まだ引っ越してきたばっかりだし、飯作るのも一苦労だろ? ちょうど出来上がったとこだし、ここで食ってけよ。上がって」

「は、はぁ……」


 そう言うと浅野課長は私に背を向け、リビングの方へと一人で歩き始めてしまった。

 うーん、いくら知り合いとはいえ、よく話したこともない男の人の部屋に入るのってどうなんだろう。

 というか浅野課長の方こそ、まともに顔を見たこともない私を家に入れるなんて、正気なのかな……。

 そんなことを考えていると、部屋の廊下を進みかけた課長が振り返った。


「今日は炊き込みご飯なんだけど、好き?」

「はい! 大好きです!」


 答えてからはっとした。でも、もう私のお腹の減り具合は限界を超えている。


「お、お邪魔します……」

 結局、食欲に負けて課長の部屋に上がりこむことにしてしまった。
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