冷徹上司は大家さん!?
「はい、よろしくお願いします。それでは失礼します」


 受話器を置き、ふう、と深く息を吐く。

 今日は取引先の百貨店からの問い合わせ対応に追われる一日だった。

 夏に新しく出るルージュの色味を全部教えてほしいとか、秋の新商品についての情報はいつ出るのかとか。

 ついこの前春の新色リップが発売されたところだというのに、この業界は季節を先取りするのが本当に早い。


「やば、いつの間にかこんな時間!」


 壁にかかった時計を見上げると、もう19時半を過ぎている。

 浅野課長との約束の20時半までに着替えなきゃいけないし、早く帰らないと。

 私は慌ててトレンチコートを着て、まだちらほら人が残る会社を後にした。


 小走りで駅までたどり着き、ちょうどホームに滑り込んできた電車に乗り込む。


「グラデーションかあ……」

 今朝のことを思い出した私は、壁にもたれかかったまま鏡を取り出し、自分のまぶたをまじまじと見た。
< 34 / 301 >

この作品をシェア

pagetop