冷徹上司は大家さん!?
 ちょっと、近い近い!

 まるで後ろから抱きしめられているような体勢にびっくりして振り返った。


 浅野課長は顔色をまったく変えずに私の左手……いや、私の左手の上から自分でつかんだ玉ねぎを見つめている。


「動くと危ないからじっとしてて。よく見ておけよ」


 顔と顔の距離が近すぎて、浅野課長が喋ると私の耳に吐息がかかってしまう。

 驚いて何も言えずにいると、浅野課長の手が私の両手をつかんだまま、手際よく玉ねぎを切り分けていった。


 思ったより大きくて骨ばっていて、ストン、ストンと規則正しい音を立てて包丁を動かす浅野課長の手。


 ぎゅっと握られた手の感触と時折耳にかかる吐息に戸惑いつつ、その動きに見とれていると、あっという間に玉ねぎの細切りが完成した。
< 83 / 301 >

この作品をシェア

pagetop