強引な彼の求愛宣言!
◆バリトンボイスの彼
◆1
お昼時の金融機関は、繁忙期を除けばあまり客足がなくゆったりとした時間が流れている。
あくまで背筋は伸ばして。あくまで知的な雰囲気を漂わせて。
けれども内心『おなかすいたなー』なんて余所事をしていた私を咎めるように、営業室内の固定電話たちがけたたましくコール音を鳴り響かせた。
──待たせないのが最高のサービス。
──電話は必ず3コール以内に取ること。
それはこの場にいる全員が、この会社に入って1番最初にある新入職員研修でキッチリ叩き込まれている。
例にもれず、私もその教えが身体に染み付いているひとりで。
すばやく耳にあてた受話器から、プツ、と機械的な音がした。コールが響いた瞬間一斉にテラーたちが反応した中、今回繋がったのは私のデスクだったらしい。
マイクが音を拾わないよう、小さく息を吸う。
「──ありがとうございます。宮園信用金庫永田支店、深田(ふかだ)でございます」
考えなくても口から勝手に出てくるのは、入庫以来、支店名は変われどもう何度口にしたかわからないお決まりのセリフだ。
淀みなく言いきって、電話口の相手の反応を待った。
《……こんにちは、東明不動産の武藤(むとう)です。いつもお世話になってます》
機械ごしに耳へと流し込まれる、甘いバリトンボイス。
大袈裟じゃなく、彼の声を聞くといつも身体中に電気が走ったような感覚に陥る。
相手がわかった瞬間、思わずガッツポーズをしそうになったのをなんとか堪えて、私は笑みを浮かべた。
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