そっと、きえていく
第1章
もうすぐ夏休みがやってくる。
日光を覆ってくれる木々はどんどん緑色になってきて、もうしばらくしたらこの木はあのわたしのキライなセミにうめつくされてしまうことだろう。

うっ……、イヤな気分になってきた。


この夏休みは、中学生で思いっきり悩みなく楽しめる、最後の夏休みになるだろう。

来年には、受験なんていう絶対的なものと戦わなければならない。
わたしは、そんな相手のよく分からない戦いはイヤだなあ。

急に、あいた窓から、生暖かく湿った風が入ってくる。
窓際に座っているわたしは、それでも今の暑い教室に吹いた恵の風だ、と思いついでに下敷きで仰ぐ。

「こら、何やってるんですか左右田(そうだ)さん!」

そうだ、といきなり言われてハッとすると、数学の先生はわたしを鋭い目つきで睨みつけていた。

「ご、ごめんなさい……」

「まったく、ちゃんと授業を聞いてるのかしら」

ほかにもブツブツと文句を言っていたけど、気にしない。
だってあんな大人に、わたしが考えてることや悩んでることなんて、わかりっこないんだから。


怒られてもすぐに立ち直り、わたしはまた窓からのぞく空を眺めて物思いにふける。

きれいな空。
少しくもってるけど、西の空は真っ青だ。
きっと、じきに気持ち良いくらい晴れるだろう。


空って、つかめそうで絶対につかめないんだよね。
どうしてなのかな。
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