恋の後味はとびきり甘く
 でも、そんな理由じゃかっこ悪いですよね、と彼が情けない笑い声をあげた。

 私はううん、と首を振る。

「私も、チョコレートが好きだから会社員を辞めてこの店を始めたんです。チョコレートが好きって言う、そんな理由で、ね」

 私の言葉に、彼の表情がパアッと明るくなった。まさにパアッと、という表現がぴったり来るような、希望に満ちた明るい笑顔だ。希望。それこそ、私が忘れていたもの。

「自分に活を入れたいって言ってましたよね?」

 私の問いかけに、彼が「はい」とうなずいた。

 私はショーケースから、白い小さな箱を取り出した。ベルギーの有名観光地、ブルージュの街角にある小さな小さなチョコレートショップのもの。もちろん、日本ではうち以外では売られていない。通販でも買えない。会社員時代に旅行で訪れたとき、現地で食べて、蕩けるようなその舌触りに魅了された。モン・トレゾーをオープンしてから、最初に交渉したのがそのチョコレートショップだったのだ。

 今思い出しても、数量限定とはいえ、私みたいな無名の店の経営者とよく販売契約を結んでくれたものだと思う。

「これをどうぞ」
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