恋の後味はとびきり甘く
 好きな人、か。この七年、店を軌道に乗せるために夢中で働いてきて、好きな人とか新しい恋とか考える暇がなかった。考えないようにしてきたのかもしれないけど。

 そのとき店の電話が鳴ったので、私はこの話題を終えられそうなことにホッとしながら左手で受話器を取り上げた。

「チョコレートショップ、モン・トレゾーです」
『チョコレートの予約をしたいんですが』

 女性の声が聞こえてきて、私はパソコンのキーボードに右手をのせた。

「ありがとうございます。どのチョコレートにいたしましょうか?」

 女性の言葉を聞きながら、注文を予約リストに打ち込む。

 バレンタインデーまでこうして日々が過ぎていくのだ。やっぱり好きな人のことなんて考える暇はない。


***


 そうして一ヵ月が過ぎ、明日がバレンタインデー当日、という日になった。

「いらっしゃいませ」

 店に入ってきた十代後半の女性客に声をかけた。店内にはほかに女性客が五人ほどいて、みんなそれぞれショーケースを熱心に覗き込んでいる。彼女たちの上気した頬から、好きな人のことを考えて選んでいる気持ちが伝わってきて、見ていて微笑ましいくらいだ。
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