恋の後味はとびきり甘く
 慣れた手つき。あたり前だ。七年も修業していたんだから。

 コーティングしたガナッシュをバットに入れたココアパウダーの中で転がし、表面にココアをまぶし付けたら完成だ。涼介くんはにっこり笑いながら観客を見回した。彼がこちらを見て、私に気づいたのかも、とドキッとする。でも、すぐに彼の視線が流れていき、私の思い込みだったんだと悟った。

「どうぞ、できたてをこちらでご試食ください」

 女性係員の声で、観衆が一気に係員の方に動き始めた。私は流されるようにしながら試食コーナーに近づく。先を争う人に背中を押され、押しのけられながら、涼介くんの方を見た。でも、彼は視線を落として、使ったヘラやバットを片付けている。その冷静な仕草に、私の心が冷水を浴びたようになる。

 私、なにしに来たんだろう。

 モン・トレゾーはずっと同じ場所で営業している。それなのに、今回来日した涼介くんが訪ねてきてくれなかったってことは、彼は私を思い出さなかったってこと。あるいは、とっくに過去の思い出になってしまったってこと。

 私を見ても気づかなかったんだ。黙って帰ろう。

 私は流れに逆らい、女性たちの波をかき分けてショコラ・レーヴのコーナーから離れた。

 デパートの外に出ると、冷たい空気がひどく身に染みて、コートの襟に顎をうずめながら駅へ向かった。
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