恋の後味はとびきり甘く
 涼介くんがくるりと背を向け、オリーブ色のコートの裾が翻る。

「あ、待って!」

 私が言ったときには、彼はもう店から出て行っていた。

「なんなんだ、あいつ」

 古川さんがいら立たしげに言った。私は彼に向き直る。

「古川さんは私に同じにおいを感じるって言ってましたけど、私はそうは思いません」
「どういうこと?」

 古川さんが眉を寄せた。

「私は仕事も大切にしてますが、思い出も大切にしてるんです」
「思い出? そんなもの、仕事になんのプラスにもならないよ」

 古川さんが右手を伸ばして私の頬に触れ、私はその手をやんわりと握って頬から離した。

「古川さんはそう思われるんでしょう? でも、私は違うんです。過去の思い出が今のモン・トレゾーを……私を支えてくれてるんです。忘れてしまいたくて目を背けても、忘れることのできない記憶……」

 その記憶を忘れるために仕事に打ち込んだのだとしても、その記憶があったからこそ今の成功があるのだ。
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