恋の後味はとびきり甘く
 涼介くんがふぅっと息を吐いて天井を見上げた。噛みしめた下唇にいら立ちが滲んでいる。

 いったいなにをそんなに焦ってるんだろう。

「もしかして、高卒の子と比べてスタートが遅かったことを気にしてるんですか?」

 彼は相変わらず天井を見つめたままだ。

「私だって、就職してから起業してるし、そういう意味では寄り道かもしれないけど、でもその寄り道はきっと無駄にはならないと思いますよ。涼介くんの場合は、大学に行ったから、好きなことが見つかったんだともいえますし」
「それもあるんですけど……」

 涼介くんが視線を落として続ける。

「祖父が脚の骨を折って入院したんですよね……」
「それは……大変ですね」
「父が遅くに生まれた末っ子だったんで、祖父は結構高齢なんです。入院してリハビリすれば退院できますけど、でも、祖父のためにも早く一人前になりたいなって……」

 その気持ちはわかる。でも、仕事で知り合った何人かのショコラティエから、一人前のショコラティエになるには思った以上に時間がかかる、と聞いた。ショコラトリーに就職しても、いきなりチョコレートの造形や新商品のアイディア作りを任せてもらえることはまずないのだ。材料の下準備から、ときにはラッピングや販売までやらなければいけない。華やかに見えてやっぱり厳しい職人の世界で、地道な努力が必要だ。
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