恋の後味はとびきり甘く
 その言葉と彼のうらやましそうな笑顔にハッとした。私がこのチョコレート専門店を始めたのは、チョコレートが好きだったから。日本に、そして世界にたくさんあるおいしいチョコレートを知りたい、売りたい、伝えたいと思ったから。そして、なにより好きなものに囲まれたいと思ったからだ。

 それを思い出したとたん、胸に熱いものが込み上げてきた。目先の問題ばかりに気を取られて、大切なことを忘れていた。

 気づいたら頬を涙が伝っていて、あわててブラウスの袖で拭った。でも、彼は涙に気づいてしまい、戸惑い顔になる。

「す、すみません、俺、なにかお気に触るようなことを言ったでしょうか」
「ごめんなさい、そうじゃないんです。うちみたいな小さなショップじゃ、名の知れたメーカーやショコラティエとはなかなか販売契約を結べなくて、売上も思ったように伸びなくて……どうやったら店が黒字になるのかってことばかり考えていて苦しくなっていたんです。どうしてこの店を始めたのか、大切な気持ちを忘れてた。大好きだから始めたのに。大好きだから店名にモン・トレゾーって……私の宝物って付けたのに。あなたのおかげで初心を思い出せました。ありがとう」

 私が笑顔を作ると、彼が一度瞬きをした。

「や、でも、店の経営ってきっと思った以上に大変なのに、なにも知らない俺が勝手なことを言ってすみませんでした」
「いいの、気にしないでください。それより、あなたは製菓専門学校生ってことは、この近くの専門学校に通ってるんですか?」
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