かわいい君まであと少し
 ◆ ◆ ◆

 久しぶりに遅刻しそうになった。
 昨日の夜、悠太さんと一緒に遅くまで映画を観ていたのがいけなかった。
 悠太さんは朝一の会議があって、私より先に会社に行っている。
 適当に服を着て、顔も軽くコットンでふき取り、ファンデをはたいただけだ。
 疲労困憊になって会社に着いた。ボロボロの状態で席に座る。
「藤崎さん、おはようございます。先月の売上表の確認、お願いします」
 野崎さんから売上表を受け取ったとき「えっ、それ婚約指輪ですか?」と聞かれた。
「野田さん、何言ってるの。今日、遅刻しそうでアクセサリーなんて付けてないんだから。え!」
 私の左手にはダイヤの指輪が填っていた。
 なにこれ。私知らないんだけど。
「松本さんと結婚するんですか?」
 野田さんが興奮気味に聞いていた。
「しないから。でも、それ婚約指輪ですよね」
 営業部の人たちの視線が私に集中する。
「何してるんだ、朝から騒がしいな」
 悠太さん、助けて。
「望月課長、見てください。藤崎さん、結婚するんですよ」
 野田さんが私の手を悠太さんの前に持っていった。
「もう、ばれちゃったか」
 その一言に嫌な予感がした。
「私と藤崎は婚約しました。どうぞ温かく見守ってください」
 悠太さんは深々と頭を下げている。私も同じようにした。
 小声で「勝手なことしないで」と言うと、ずっと松本の彼女って言われてるのが嫌だ」と返してきた。
 部署内の驚きの声で私たちの会話は聞こえていないだろう。
 私たちが顔を上げると、野田さんが「あの、望月課長は専務の娘さんと」と聞いてきた。
「違います。僕の幼馴染が専務の娘さんと婚約したんです」
 また驚きの声が広がった。
「それ言っちゃっていいんですか?」
「先週、やっと専務が認めてくれたらしい。これで名実共に怜子が俺のものだって言えてうれしいよ」
 にこにこする悠太さんん横で、私はこれから起こるだろう質問攻撃に恐怖を感じていた。
 まあ、悠太さんがうれしそうだからいっか。笑顔の悠太さんを見てそう思った。

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