かわいい君まであと少し
「望月課長?」
「藤崎?」
 望月課長は目を見開いて、こっちを見ている。しかも固まっている。それは私も同じだった。

「あの、もしかして、兄と同じ職場の方ですか?」
「えっ、はい」
 さっきまで押し問答をしていた女性が数歩前に進み、私の目の前に来た。
「はじめまして。兄がいつもお世話になっております。妹の鈴木ゆりと申します」
「こちらこそ、いつもお世話になっております。藤崎怜子です。望月課長と同じ部署で働いています」
 会釈をして顔を上げると、妹さんの肩越しに渋い顔をした望月課長がいた。

「藤崎の引っ越し先ってここ?」
「はい。望月課長はいつ、ここへ引っ越してきたんですか?」
「正式に越してきたのは今日の午前中」
「そうですか」
 なんで、こんな偶然が。どうしよう。

「あ、お兄ちゃん、飛行機の時間があるから、どうぞよろしくお願いします。志穂、悠太おじさんと仲良くね。すぐ帰ってくるから、いい子でお留守番するのよ」
 妹さんは望月課長とベビーカーに座る赤ちゃんにそう言って、早足で行ってしまった。
「ちょっと待て、ゆり!」
 望月課長の声に驚いたのか、お母さんが居なくなって不安になったのか、赤ちゃんが泣き出してしまった。

 望月課長は赤ちゃんを抱き上げ、必死にあやしても泣き止まない。そりゃそうだ。だって望月課長の顔が必死すぎて怖い。
 赤ちゃんが可哀想で「大丈夫ですよ」と優しい声を出して、手を包むように握ってあげた。赤ちゃんの手はとても温かくて軟らかかった。

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