かわいい君まであと少し
 あっ、今日は履いている靴、ハイカットスニーカーだ。
「望月課長、あの、赤ちゃんお願いします」
「どうした?」
「チャックを下さないと脱げない靴なんです」
「そうか」と言って、なぜか望月課長がしゃがんだ。
 望月課長の手が足首を掴み、サイドにあるチャックをゆっくり下ろした。
「あの私が言ったこと聞いてます?」
「うん? 靴が脱ぎたいんだろ」
「そうですけど。チャックを下ろしてくださいとは、誰も言ってませんよ」
「ほら。スリッパはこれ履いて」
 なんなんだ、この人は!
 転ばないように靴を脱ぎ、中へ上がった。

 同じ部屋でも家主が変われば雰囲気も変わるもんだなと思った。実はこの部屋は竹井さんが住んでいた部屋だ。姉と竹井さんの出会いはお隣さん同士というものだった。

 シンプルな細長い机に上にパソコンとプリンター。それに合わせた座イス。部屋の中央にはダークブラウンの四角いテーブルが置いてある。そして、そこにも座イスが二脚。
 この部屋を簡単に表現する言葉は“旅館の部屋”だ。

「何突っ立てるんだよ」
 望月課長がマグカップを持って横に立った。
「望月課長、ベッドは? この子、なんか眠そうなんで、寝かしてあげたほうがいいと思うんですけど」
 赤ちゃんは私の腕の中でうつらうつらしていた。目があと少しで閉じてしまう感じだ。
「本当だ。ちょっと待ってくれ」
「はい」
 押し入れから敷布団を出し、シーツを掛け始めた。
 敷布団派なんだ。珍しい。

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