REGRET
10
いよいよ来週体育大会が開催される。どのクラスも士気が高まり始め、体育の授業も練習が増えてきた。菫は授業中にときどき外を向いたりしていた。
この時間の体育は1〜3組の集団である。
ってことは、空くんがどこかにいるはずだと私は探し始めた。始めると言うほど探さなくてもすぐに見つけることができた。バトンの練習をしていた。1番ラストでバトンを拓海くんから受け取っていたのが空くんだった。
クラス対抗リレーは男女4人ずつの8人。7番目が拓海でアンカーが空。拓海が受けて走って行く。拓海が近づいてきた時に空が走り出す。
ちょっと出るのが速すぎて、バトンがつながらなかった。空が笑いながら拓海に謝っている仕草をしていた。そしたら拓海は持っていたバトンで空の頭を笑いながら突いた。
2人の行動を音なしで見ていても、何を言ってるか何となく浮かんできて、面白かった。
2人はいつも楽しそう。部活で見る時もいつも同じ。なんかあの2人を見ていると、私は希を思い出す。そして私は希の方を見た。
えっ...。
希は菫を細目で人を伺うような顔で見つめた。希は菫の行動をすべて見ていたのだ。菫は照れくさそうに会釈した。

「すー、みー、れー。<ー_ー>」
授業が終わるとすぐに希が菫に伺ってきた。
「あー、あははは...。」
「見過ぎでしょうー。<ー_ー>」
「あー、ははは。でもね、空くんも拓海くんも走るのすごい速いよ。しかも仲良しだし。私もさ、希とあんな風なのかなぁ...って思って...。」
私はこんなことを言うのがちょっぴり恥ずかしかった。
「あったり前!そんなの考えることでもないよ!私たちはいつも一緒。時には笑ったり、時にはふざけあったり、いつも支え合ってきているつもりだよ?」
「希。」
「だから菫のこと大好きだよ!」
「私も♪」
そんなこと知っていたはずなのに、新めて振り返ってみるとうれしくなった。
次は4〜6組の集団が体育をする時間だった。凛も2人に加わり3人で体操服に着替えに行った。いつ着てもやっぱりださすぎる。

いつも通り3人でストレッチをすると種目別に別れた。菫と希はリレーメンバーであり、凛だけは縦割りのクラス代表だった。菫が1番走者で希が2番走者だった。いざスタートした。菫と希は完璧なバトンパスができた。
修復もして1〜8まである程度のバトンパスはできるようになった。区切りがいいので、一時休憩することになった。2人は水を飲みに水道へ向かった。
どのクラスも休憩がかぶってしまい混んでいた。
「はぁ、おいしいね!」
「だねだね。」
まだ夏の灼熱の日差しが名残になっていた日の水はおいしかった。
「あの...。」
菫は丸みを帯びた声のする方を振り返った。
あ、神田くんだ。
「6組のバトンパスなかなかいいね!」
「あ、どうも...。」
神田くんと落ち着いて話すのが初めてだったので私は緊張した。
「でも負けないよー?俺アンカーだからさ!」
何か返さなければ...。でも思いつかない。
「じゃあ、また!」
神田は笑顔で立ち去ろうとした時、思い出したかのように立ち止まった。
「名前なんていうの?」
「あっ、植草菫といいます。」
私はかすれたような声しか出なかった。
「植草さんか!植草さんこれからよろしくね!俺は神田っていうから。」
神田くんってのは知ってたよって言おうとしたが、知っていたのは間接的であって、直接は聞いていなかったんだった。
「よろしくお願いします。」
「うん!じゃあ、またね!」
神田は自己紹介が終わると走って去って行った。いつもよりも弾んでいた。
「菫。今のはどなた?」
「あー。今のは前にぶつかっちゃった人なんだ。」
「なるほどー!おっちょこちょいだな菫は!」
「あはは...。」
「さぁ、練習行こ!」
「うん。」
再びリレーの練習をしに行った。
神田は再び水道を振り返った。

”バン、バン、バン”
いよいよ今日は体育大会の当日だ。今日は見慣れた体操服ではなくクラスTシャツだった。1クラス1クラスの特徴が表れており、いつもよりも新鮮だった。菫たち6組のクラスカラーは水色だった。クラス対抗リレーと縦割りリレーはとりとなっている。午前中は徒競走の予選と障害物競走、学年種目だった。
『キャー、ワー、イェーイ』
いろいろな感情が混じり合い盛り上がってきた。一生懸命走り切っている人、余裕に観客に手を振る人、焦って滑ってしまう人、いろいろな人がいた。
「凛〜!」
黒いTシャツを着た2人がこっちに向かってきた。拓海と空だった。
私は一瞬ドキっとした。私は呼ばれていないのに見てしまう。
「菫さんたちも来て!」
まさか呼ばれると思ってなかったから驚いた。しかも空くんに...。
「さぁ、記念に写真を撮りましょーか〜!」
拓海はそう言ってカメラを近くにいた人に渡した。
”ハイチー...。その時急に隅にいた拓海くんが押してきた。
ちょっ。
私は空くんの腕に当たった瞬間に...ズ”
写真を見直すとやっぱり私は空くんの腕に寄りかかっていた。
「ちょっと拓海〜!撮り直しだよ〜!」
「や、これでいい〜!これがいい!!」
拓海が満足そうに言っていた。
「なんでよ〜?」
「だってこれ俺ら仲良さそうじゃん!みんなの素顔が出ていて完璧〜!」
確かに仲良さそうな感じがした。
「ってことで、バイビ〜!」
「ちょっ〜!」
空をつれて戻って行った。
「はぁ...。全く拓海はいつもあーなんだから。拓海ねいつも言ってるの。私たち3人に菫ちゃんと希ちゃんを入れて5人は絶対仲良くしよって〜!なんか普通の友達って感じがしないんだって!この5人の誰かが悩んでるのがほっとけないんだって!」
「...。」
2人は言葉を失った。拓海の思っている気持ちの高さに。
「あー、これ拓海には内緒ね〜!」
いつもはアホなことをよくしておちゃらけているイメージの拓海くんだったが、この時の拓海くんは誠実で真面目な人に思えた。
その時再び戻ってきた。
「そういえば言い忘れた!今日5人で弁当食べるからよろしくっ〜!」
誠実なオーラのイメージの余韻が一瞬で吹き飛びそうな言い方であった。

”お昼休み休憩に入りたいと思います”
今日だけは学校中の好きな場所で食べることができた。5人は集まるとグランドの隅の方にあった木の影を利用して食べることにした。
5人はバックからお弁当を出し始めた。
私の今日のお弁当はオムライス。食べたくて仕方なかった。
「菫ちゃんのオムライスおいしそう〜!希ちゃんはカラフルでバランス良さそうなお弁当〜!凛は...。色気がないな...。」
「ちょっと!拓海の見せてみ〜?あれ...なんかおいしそう...。」
「でしょでしょ〜?」
凛は拓海とのやり取りでみんなに笑われて少し恥ずかしそうだった。5人は仲良く話したり、お互いに分かり合ってきたし、冗談も言い合えるようにもなってきた。
「さぁ、午後からはリレーだ!菫ちゃんと希ちゃんも走るんでしょう〜?」
「うん。」
悪いが俺らが1位はもらったからな〜!なっ、空!」
「まぁ、3位以内に入れば上出来だろ!」
「って、ちょい!!空くん?おかしいですよ〜?」
「わかった、わかった。」
やっぱり2人は仲が良さそうだ。こっちまで元気が出そうだった。
「菫!私たちも負けないよ!」
「希。うん、負けない。」
「ってことで3組のライバルってことで〜!」
私たちもモチベーションが上がってきた。
「よ〜し!希ちゃんたち!負けた方がジュースでいこーか!」
「いいでしょう!」
闘志むき出しの2人に菫と空は温度差を感じた。
「菫さん。なんのジュースがいい?」
「ちょい空!負ける気満々〜!」
『あはははは...』
5人は今日笑いまくった。

いざ本番。スターターに立つと一気に緊張感が高まる。
”位置について...よーい...バン‘
いいスタートが切れた。今日は体も軽くて空中に浮いているように走ることができた。バトンパスも完璧。次は希。1位でバトンパスをすることができた。希も調子が良さそうだ。希も1位でバトンパスをした。
その後もスムーズにバトンパスもできて1位でアンカーに渡った。残りは1周。10mぐらいの差で黒と赤が来た。黒は空くんだ。めちゃくちゃ速い。差があっという間に縮んできてしまった。私は希と一緒に祈った。
『がんばれ』
3m、2m、1m...。抜かれてしまった。ゴールまでラスト30m。黒のぶっちぎり...だと思ったが、横で赤と競り合っている。
赤...。神田くんだ。
ラスト5m。全く譲ることのない両者。
私は空くんのここまで本気姿を見るのは初めてだったかも。
微妙な差でゴールテープを切ったのは....黒だった。
2人の闘志あふれる戦いに会場がわいた。
拓海が空に飛び込んできた。3組は全員で喜びを分かち合った。そんな中、空はある人の元に歩いてきた。
「お前、まだまだいけるじゃねーか。」
神田のところだった。
「今日も負けたけどな。いつもお前に負けちまうぜ。」
そう。神田は中学の時サッカー部で空と拓海と同じ学校だったのだ。
「いつもいいライバルだよ。」
「ふっ、よく言うぜ。空、だけどよ...。次の戦いは絶対譲らねーからな。」
「ん?次の戦い?」
「そう、俺は植草さんのことが好きなんだ。」
空は一瞬息が詰まりかけた。再び落ち着いて言った。
「俺はもう好きにはなれないんだよ。誰1人として。」
完全に真剣な表情へと変わった。
「いつまで言ってられるかな。まぁ、ライバルがいなくなるだけ楽だけどな。」
「...。」
「ま、じゃあ、またな。」
神田はそのまま4組の方へ帰って行った。空はその場にただ呆然と立ち尽くしたままだった。
「空くん。ナイスランだったよ。」
「...。」
「空...くん?」
菫は反応しない空を心配そうに見つめた。
「あっ、菫さん..。」
「大丈夫?どうかした?」
「ん?全然全然。菫さんもナイスランだったよ。」
「ありがとう。空くんも。」
「ありがとう。」
「また後でジュースおごるからね。じゃあまた。」
そう言うと菫は希の方へ走って行った。空は菫の背中を見届けた。
このやりとりを神田は遠くから見て何かを確信したかのように深くうなずいた。

その後の凛が出場した縦割りのリレーでは6組が1位になり、さらに総合優勝も6組が収めた。
今日は新たな発見。思いやり。すべてが明らかになった日であった。
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