REGRET
11
”ピー...ヘイヘイヘイ...ナイスシュート”
月曜日は部活動がオフなはずなのに大会1週間前となったサッカー部は今日も部活。毎年サッカー部はそこそこの成績を収めていた。今年の目標は地区大会で優勝することらしい。
放課後教室から菫と希はグランドを眺めていた。
私はずっと空くんを見ていた。
空くんのスパイクは黄色。そして私の今右手にあるのも黄色。
「希、やっぱり緊張するよ。」
「大丈夫だって!昨日徹夜で一生懸命作ったんだから!必ず届くよ!」
そう昨日初めてお守りを自分で作ったのだ。
”敢為邁往〈かんいまいおう〉”
この文字を後ろに刺繍したのだ。
届くよね。絶対届く。私はそう思い込んだ。
「菫さん。久しぶり!」
「あ、神田くん。」
「何見てるの?」
神田もグランドを覗かせた。
「あー。空のこと?」
「えっ...。」
なんで分かったのか。そもそもなぜ空くんを知っているのかな?
「当たりかな...?」
「空くんのこと知ってるの?」
「空とは中学の時同じでね。」
神田は渋面な気持ちで言っていた。
「空のこと好き?」
「えっ...。」
「やっぱりそうか。」
神田はいっそう渋面になった。
「菫はお守りも作ったもんね!」
「うん。」
希と菫はお互い笑みを浮かべて言った。しかしその時神田はの虹彩は開いた。
「それはダメだ!」
神田がこの時初めて大声を出した。
「ごめん...。でもそれだけはダメなんだよ。植草さんのためにも。そして空自身のためにも...。」
「えっ?」
神田の言ってることが全く理解できなかった。
「どうして神田くんが菫の思いを遮るわけ?」
希が怒り口調で返した。
「んー、じゃあ...。落ち着いて聞いてくれるか?」
緊張感を漂わせながら神田は話し始めた。

「あれは昨年の4月、中学3年になったばかりの頃だった。2年の頃から空のことを好きだった女の子がいたんだ。毎日、毎日、空に話しかけていたんだ。空も心を引かれ、いつの日か空も彼女のことを好きになっていたんだ。そして2人は付き合い始めたんだ。
そこまではいい話なんだ...。」
神田の顔が急に険しくなった。
「しかしあれから1ヶ月後、俺たちサッカー部は中学最後の大会を目の前に控えていたため毎日遅くまで練習した。たまにも練習オフの日も自主練をしていた。彼女はそれを分かっていたため空に会うのを控え、たまにしゃべるだけで後は練習中に遠くから見ていただけだった。それでも彼女は毎日のように見ていたんだ。
大会の1週間前彼女は空のために何かをあげたくてずっと考えていた。
そして彼女はずっと考えてたどり着いたものを空に渡すために玄関で待っていた。空は走ってグランドに向かおうとしていた。彼女は空を呼び止めた。
”『空。ちょっとだけいい?』
空はその場で足を止めた。
『あー、ごめん。急いでるからまた後な!』
空は再び走り始めた。
『空! 空! 空...』”
走っていく空を何度も呼び止めようとしたが、空はそのまま無視して行ってしまった。
彼女は涙が込み上げ、走って帰った。
空はサッカーにすべてを費やし、彼女の気持ちを1つも考えてなかったんだ。
空はこの日も1番でグランドに出ていた。そしていつものように練習が始まった。しかし彼女は今日は見ることはなかった。彼女は人前で泣き姿を見せることが嫌でとにかく家へと無我夢中に走り続けた。交差点に差し掛かった。
ここで誰も起こることは予想できない悲劇が起こった...。
交差点では赤信号で何人かの生徒が待っていた。彼女はその生徒たちを見ると信号は自見ずに飛び出した。そこで予想もしていなかったことが訪れた...。
自動車やバイクならまだ怪我ですんだかもしれない。しかし不運なことにこの時はトラックだった。
彼女の元に近くにいた人たちが集まった。もうすでにその時から意識はなかったようだ。すぐに救急車を呼んだ。
その場にたまたまいた空の友達が慌てて空の元へ走って来た。練習中の中を何も気にせず制服のまま走って来た。そして友達は空の服を強くつかんで知らせた。
空は知らせを聞くと震えが止まらなかった。涙が込み上げた。そして空は練習着を着たまま最寄りの病院へと走り出した。空は彼女のことがいっぱいで疲れも忘れてただただ病院に向かって全力で走り続けた。
病院に着くと近くにいた看護師に部屋を聞き再び走り続けた。廊下中スパイクの音が響きわたった。
そして病室にたどり着くと彼女の家族が号泣していた。そして彼女に器具がついていることはなかった...。
空はその闇景を間の当たりにし、涙が込み上げその場に座り込み号泣した。大きな声をあげて...。
しばらくした後廊下の椅子に座りただただ自分を責め続けた。
あの時振り向けばと...。あの時のたった少しの時間...。
何時間も何時間も悔やみ続けた。
その晩俺たちは病院に駆けつけた。しかし椅子に座り頭を抱え込み続けていた空を見て話しかける言葉が見つからなかった。そして俺たちは今日は引き返し、明日出直そうした時1人の女子が歩いてきた。
『あんたたち友達なんじゃないの?なさけないね。』
俺たちにそう告げて空の元へ歩み寄って行った。そしてその女は空の横に座ると空に何かを渡した。それこそが空のために今は亡き彼女が渡そうとしていた物。そして最後の贈り物。
”空”と刺繍が入ったお守りだった。
彼女の事故現場の近くに落ちていてそのその女子が拾って渡したらしい。空はそれを見て再び大号泣した。しかし今度は近くに受け止めてくれる人がいた。
その女子こそ現サッカー部マネージャーの凛なんだ...。」

菫はその場に座り込み顔を手で覆い泣き崩れた。希もただ呆然と立ち尽くしていた。
「ここまで来たから最後まで話すから。」
そう言い神田は話を続けてた。

「そしてその後空は学校へ来なくなった。朝から晩までずっと彼女のお墓に通い続けた。
今でも毎日通っているはずだ。
当然空は大会に出場することなく、俺らは地区予選で敗退した。中学のサッカー部引退の時に空の姿はなかった。
学校へ来ないことが心配になり毎日凛は空の元へ訪れた。どんな雨の日でもどんなに暑い日でも。
それを見て拓海は心が動かされた。いつの日か凛と拓海は仲良くなり、毎日2人で空の元へ訪れた。それに心を許した空はだんだんと学校に来ることができた。だからあの3人は仲がいいんだ。
高校も同じところに入ることができた。拓海はサッカーを続けると言ったが、空はサッカーはやらないと言った。
また自分のせいで人を失いたくなかったから...。
凛は中学の時に共に練習に打ち込んで来た良きライバルが病院のため陸上を辞めざるを得なかった。凛はライバルと約束して陸上を続けると俺は思った。
でも凛は違った。
空にどうしても続けてほしかったのだ。そして凛は拓海と共に説得して、やることにした。
凛はすげーやつだ。
ライバルとの約束を諦めてまでも空のために...。そして3人はサッカー部に入ることにした。
まぁ、俺はサッカー部を続けるつもりでこの学校に入ったんだけどね...。
あ、今のは1人事だから。
ま、こういう事なんだ。」

菫は泣き崩れた顔をあげて大声で叫んだ。
「どうして神田くんは空くんの友達なのにどうして...。どうしてなの!!」
神田は菫に一瞬驚いたが再び冷静になった。
「できなかったんだよ。俺にはできなかったんだよ。」
菫は怒りが込み上げてきた。
「どうして...。友達だったじゃん!!」
「菫!!」
菫は思わず神田のワイシャツをつかんでしまったのを希が止めた。
「空は辛かったと思うよ。でも俺はあいつ以上に辛かった。」
「え...?」
「俺は1年生の時から彼女のことが好きだった。俺も彼女とはたくさん話した。でも俺の気持ちは届かず、空の事ばっかりだった。俺は空が彼女について話したりする時や、彼女と一緒にいる時を見るのが辛かった。
しかしあんな事になって...。
じゃあ、どうしたらよかったの?」
菫と希は返す言葉がなかった。
「俺だって助けたかった。友達の苦しむ姿なんて見たくはなかった。今だってあいつらとサッカーしたいよ。でも、もう無理なんだ...。」
「まだあるよ。今からでも3人は受け入れてくれるよ。」
神田は菫の後押しに心を許しそうになったが、冷静さは失わなかった。
「ははっ、植草さんに言われるとなんか、なんでもできちゃいそう。ありがとう。でも、もういいよ。」
そう言うと神田は教室から出ようと歩き始めた。
「待って。」
私は急に言葉が出てしまった。
神田は驚いて振り返った。
「後悔しちゃうよ?今言わないと後悔しちゃうよ?」
神田はしばらく菫を見つめると、目を閉じてゆっくり教室から出て行った。
その後菫と希は会話する事なく静かに椅子に座った。
10分、20分...そして1時間近く経った後で菫が立ち上がった。
「希、帰ろっか。」
「え?」
もう私は決めた。これでいいんだ。再び涙が立ち込めた。
希は私の顔を見つめると菫を包んだ。
希は何も言う事なくただただ菫を包み込み続けた。

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