キミに恋の残業を命ずる
魚をさばく作業は、見かけ通り重労働だ。

けれども気合で立派な鮭を切り身の山に変えると、上司ズは感激の声を上げた。


「ほう、慣れたもんだな」

「だろーお。料理人みたいに鮮やかな包丁さばきだ」


ぱちぱちと拍手を受け、わたしは照れ笑いを浮かべる。

小さい頃からおばあちゃんに特訓を受けていて本当に良かった。


「このくらい大したことないですよ」

「いやいや。最近じゃ魚を触ることもできないってコが多いのにすごいよー」

「まったくだな」


しみじみとうなづいている部長を、課長がからかうように横目で見た。


「どうだ友樹、羨ましいだろ。あいつは魚を触るどころか料理もろくにしないもんな。『家庭料理の一品くらい作れんと、嫁にもらってやらんぞ』って言ってみれば?」

「ぐ…うるさいな。おまえでも言っていいことと悪いことがあるぞ、裕彰」

「失礼しましたー」


今の話って、服部部長の彼女さんのことかな?

へーぇ、ガード固いって言われてるけど、やっぱり恋人がいたんだー。こりゃ知ったら部長ファンは泣くな。

って、またわたし秘密を知ってしまった。



なんて考えてる場合じゃない。
おろさなければならない魚は、まだたくさんある。
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