キミに恋の残業を命ずる
そう言う亜依子さんの微笑には深い想いが込められているように感じた。

そうか、亜依子さんにとっては課長はお父さんの危機を救ってくれたヒーローみたいな存在だもんな。

いつもの凛とした大人な女性でいるけれど、今はすこし照れたようにしているのが可愛らしい…。


「ありがとうございます。では近い内」

「ええ」


亜依子さんが差し出したスラリとした手を課長が握った。


絵になるなぁ、このふたり。


遊佐課長には亜依子さんみたいな人がお似合いだ。
営業部のエースに天才開発者。まさにタッグを組めば最強の二人だ。


社長も心なしかきりりとした顔に穏やかな微笑をうかべている…。



けれど、人嫌いを自称する課長には、ちょっと苦しい状況みたいだった。


「…では、俺はそろそろ行きますね」

「あらもう…ですか?」


亜依子さんは本当に残念そうな表情を浮かべた。


「ええ、仕事が残っていまして」

「そうですか…」

「では、失礼」


と課長はわたしには見向きもせずエントランスホールを出て行った。
もう部屋に帰ってしまうんだ…。
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