キミに恋の残業を命ずる
そうして、わたしたちは一緒にエレベータを降りた。
「じゃあ、またね」
「はい」
「今日は定時であがり?」
「いいえ。もちろん残業です」
あなたの部屋で過ごす、秘密の残業です…。
くすり、と課長は笑った。
「いい加減、こんな悪質な雇用条件、解消したいって思ってるんじゃない?ここ最近もまともな報酬払われてないし」
その通りで、営業事務になってからは理不尽な仕事の押し付けとかは皆無なため、課長に助けてもらう機会がなくなっていた。
今はむしろ、わたしが一方的に課長につくしているような感じで、もう、雇用条件って言える関係ではなくなっていた。
もうそろそろ、様変わりしてしまったこの『関係』にきちんとした名前を付けて、適切な処理をしなければならない時期に来ていた。
「俺は、いつでもこの雇用関係を解消していいと思っている」
「……」
「キミの要望次第だから」
ふいに、額に柔らかい感触を感じた。
キスを落として、「じゃあね」と囁いて、課長は踵をかえした。
このやわらかな温もりから始まった関係を解消するための条件は、ただひとつ。
わたしが課長を好きになること。
課長とのこの日々を変えるのは、わたしの気持ちただひとつ…。
わたしの気持ちは…。
わたしは課長のことを…。
「ふぅん、そういうこと」
突然、冷やかな声が聞こえて肩を震わせた。