キミに恋の残業を命ずる
「ごめんなさい…わたし失礼しますね」
「大丈夫?わたし家まで送るよ」
「いいんです、けっこうです…。ひとりで帰れますから…」
「…」
「ちょっと落ち着いて考えたいことがあって…じゃあまた」
逃げるように亜依子さんから離れると、駆け足で階段を昇った。
ふと気づいて腕時計をみると、あんなに余裕があったはずなのに、待ち合わせまで10分前を切っていた。
歩いては間に合わない。タクシーを使わなくちゃ。
けど、
もうパニックになっていた。
忘年会シーズンの金曜の夜。
ほろ酔いのサラリーマンたちがいつもより大きな声で笑いながら寒空の下を歩いている。
けど、そんな喧噪も聞こえてこないほどにわたしは動揺していた。
そんなわけない。信じなきゃ。信じなきゃ…。
「三森」
ふいに、ふらふらと歩くわたしを叱責するかのような声が聞こえた。
この露骨に人蔑むような声には、嫌でも聞き覚えがあった。