キミに恋の残業を命ずる
「ここまで来るのにええと…五時間はかかったなー。うーこりゃ毎年帰るの大変だなぁ」
「飛行機も便が少ないし、特急も時間かかるし、ほんと田舎ですみません。帰るのは夏だけでもいいですからね」
「そうはいかないさ。だって亜海の実家は俺の実家にもなるんだからさ。俺に実家が無いぶん、亜海の家で大いに可愛がってもらうつもりだから」
なんていうけど、社長と裕彰さんの関係は少しずつ縮まってきている。
お父さんを遠くに感じてはいたものの、けして恨みを持たずにいた裕彰さん。
裕彰さんを息子として公に育てられなかったけれど、守り支えてきたお父様。
互いに互いを愛していた。けれどもその気持ちをずっと伝えずにいた。
お父様の窮状を救うべく、裕彰さんが学生でありながらソフト開発を達成したのに、そんな息子の行動をうれしいと思いつつも、雇用関係を提示することでしか感謝の想いを伝えられなかった社長。
息子と働きたいという社長の想いに気づいていながら、つかず離れずの距離でいられる在宅勤務を選択した裕彰さん。
どっちも不器用。
でも、その裏にはとても強くて温かな親子愛があった。
それを互いに解かり合えずにいた。
けれども今は、ぎこちないながらも、すこしずつ歩み寄ろうとしていた。
そういう時は、決まってあの部屋にお父様を招いて、わたしが作ったお鍋を三人で囲うようにした。
鍋をつつくと、同時に心もつつきあえるから不思議だ。
そうやって、すこしずつあせらずに、家族の絆を確認していけばいいなと思っている。