キミに恋の残業を命ずる
夕日が導いたかのように、翌朝は雲一つない快晴だった。



わたしの家はお父さんとお母さん、妹。そしておばあちゃんが親族として参列した。


大学生になったばかりの妹は、わたしとちがって流行に敏感で派手なことが大好き。

初めて会った裕彰さんや亜依子さん夫妻の華やかさにすっかり魅了されたみたいだ。



「ちょっと、亜海!どこであんなイケメンつかまえたの??」

「んー…つかまえたのもなにも、まったくの奇跡だったというか…」

「ずるいー!ずるいー!」



「静かにしなさい」なんて妹をたしなめるお父さんだって、裕彰さんに会うのはこれで三回目だというのに緊張しっぱなしだ。

対しておばあちゃんはさすがどっしりと構えている。



「早く子宝に恵まれるよう、地元の特産品いっぱい送るってやるべ」



お、おばあちゃん…!曾孫の話はまだ早いよ…!



って和気あいあいとする中で裕彰さんもニコニコ楽しそうだけど、きっと、内心で気にしていることがある。



社長…お父様が、まだお見えになっていないことだ。



その忙しさたるや友樹さん以上。

今日の式に出た後も朝一で社に帰らなければならないため、最終列車に乗って空港近くのホテルに帰ることにしているほどだ。

だからこんな田舎で結婚式は心配だったんだけどな…。



結局、お父様は式が始まる直前になっても姿を見せなかった。





「お父様、なにかあったのかな…」

「おおかた、急な仕事が入ったのかもしれないな。ま、仕方がないよ」



…仕方がないわけなんかない。お父様はきっと今日の式をすごく楽しみにしていたはずなんだから。


そしてそれはきっと裕彰さんだって同じだ。

今日の幸せをお父様に一番に見守ってもらいたかったはずだから。





「ではそろそろ時間ですので、親族の方は先に式場へ」



スタッフの方がやってきた。
やきもきしながら窓を眺めていた友樹さんと亜依子さんも、ゆっくりと控室から出て行った。



「どうしたの、亜海。緊張してきた?」

「そうじゃなくて…」



しれっとした顔をしているけれど、貴方だって本当は気が気じゃないでしょ?



「別に俺は気にしてないよ。たかだか結婚式だ」



うそつき。

貴方が嘘をつくときの癖くらい、もうわたしわかってるんだから。これから妻になる女を見くびらないでよっ。

むっとにらむと、裕彰さんは困ったように微笑んだ。



「花嫁さんがそんな顔するなよ。…でも本当に仕方がないだろ。式を延ばすわけにもいかないし」

「……」



「ではお時間です」と、スタッフの方が静かに促してきた。


しぶしぶ控室から出ようとした、その時だった。



ガチャ!



ノックも無しに、ドアが急に開いた。



社のトップに立つビジネスマンとしては有り得ないような慌てた様子で、お父様が立っていた。
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