キミに恋の残業を命ずる



なるほど…通りで聞いたことがあるけど思い出せないわけだ。
「幻の課長」の名前なんて普段仕事していて耳にすることなんてなかったもの。



どうしてちゃんと教えてくれなかったんだろう…。って言っても、わざわざ「あの幻の課長です」なんて言うわけがないけど…。(そもそも幻扱いされているなんて知らないだろうし)

それにしたって、あんな意味深な名乗り方しなくてもいいのに。



遊佐課長は社員たちに囲まれて、矢継ぎ早に投げ掛けられる質問に笑顔で答えていた。

ハーフ独特の白い肌、やわらかな栗色の髪、端正な顔立ち…こうして普段見慣れている社員の中に立っているのを見ると、あまりの作りのちがいに、つい変な感覚におちいってしまう…。まるで、庶民の中に降り立った煌びやかな貴公子のようだ、なんて…。


現れないのをいいことに、わたしたち平社員は「幻の課長」の正体を好き勝手にイメージしていた。

プログラマーとして天才的な能力を持っているけれど、実はチビ、ハゲ、デブの三重苦を背負ったパソコンおたくで、ニートまがいの人嫌いゆえに人前に出たくないんだ、とかなんとか…失礼千万なイメージを。


それを大きく裏切った超イケメンの登場に、みんなおどろきと興奮を隠せないのは無理はない。特に売り時真っ最中の女性社員たちは…。


…これは今日から壮絶な女の戦いが始まりそうだ。



わたし…恐れ多くもあんな人に助けてもらったんだなぁ。

なのに、おにぎりなんて色気のないもの食べさせて…。


…キスまでされて…。
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