キミに恋の残業を命ずる
「落としたよ」
課長が手袋を差し出して、キャラメル色の瞳を細めた。
わ…。
ほのかに香るスパイスの効いた香りが、昨晩の記憶をリアルに呼び起こさせる。
でも、目の前にいるのは、ふわふわなセーターを着た、ほんわかした雰囲気の彼じゃない。
オーダーメイドにちがいないダークグレーのスーツに日本人離れした長い手足を包み、栗色の髪を少しワックスでセットした、隙のない大人の男だった…。
「キミのでしょ?」
「す、すみません…ありがとうございます、ありがとうございますっ…」
ペコペコと頭をさげると、クスリと笑みが聞こえた。
「そんなに恐縮しないでいいよ。今日から同じ屋根の下で働く社員同士でしょ」
「……」
「手袋、なくさないでね。冬ももうすぐだし、寒いと無きゃつらいでしょ?…特に、残業して帰りが遅くなった夜とかは」
「あ、ありがとうございます…!」
奪い取るように手袋を取ったわたしには、課長がどんな表情を浮かべているかわからなかった。もう目を合わせられなかった。
でもきっと、あのキャラメル色の瞳には、いたずらめいた輝きが浮かんでいたにちがいなかった…。