レンタル夫婦。
4章:共同生活1週目
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――残り、27日
朝起きると、湊は本当に寝ているみたいだった。
起こしちゃ悪いかなと思ってなるべく大きな音を立てないように行動する。
軽くシャワーを浴びて身支度を整え、化粧を終わらせた。
昨日の夜食べ過ぎたし……と思って、朝は冷蔵庫にあった野菜と果物をミキサーにかけてスムージーにする。
それを片付けてソファーに座り、朝の情報番組を見る。そろそろ出ようかな、なんて思っていると足音がして扉が開いた。
「!? お、おはよー……?」
「……おはよ、みひろさん」
まさか起きてくるとは思わなくて油断していて、慌ててピッと背筋を伸ばす。
湊は物凄く眠そうに私の傍までやってきて、ソファーへと腰を下ろした。
「ごめん、起こした?」
「ううん、もう起きようと思ってたから」
声も起き抜け、という感じで……なんだろう、めちゃくちゃ可愛い。
どうしよう、なんて思っていると、こてんと湊の顔が私の方へ傾いた。
肩へと頭を預けられ、思わず全身硬直してしまう。
「み、みなと……?」
「ごめん、5分だけ」
びっくりして声をあげるとそう言って湊は目を閉じた。
眠いならもう少し寝てれば良いのに……と思って、もしかして、わざわざ起きてくれたの? って疑問に辿り着く。
何だかそう思ったら……本当にそうかなんて分からないのに、嬉しくて、つい湊の髪へと手を伸ばしていた。
そっと頭を撫でる。と、小さく身じろいで閉じられていた瞼が開いた。
「みひろさん?」
「!? あ、ごめんっ」
目が合って、慌てて手をひっこめようとする。……けど、それを掴まれた。
「みひろさんからオレに触ってくれるのって初めてじゃない?」
取った手の甲を撫でて、そのまま指を絡めてきゅって握られる。
何だか物凄く自然な動作でされて、私の頭はワンテンポずれてそれを認識した。
「えと、」
何か言わなきゃと思うのに、何にも言葉が出てこない。
強いて言うなら発狂したい……誰か、助けて!
「みひろさんってさ、指、綺麗だよね」
湊は私の心中を知ってか知らずか、そう言って指先に口付けた。ちゅって音を立てられて、そこが途端に熱を持ち始める。
顔まで熱くなってくるのが分かる。振りほどくことも握り返すことも出来ずにただただ湊の動きを見つめるしか出来なかった。
「派手なネイルしてる訳じゃないのに、ちゃんと手入れはしてるよね。……いいと思う、オレ、これぐらいが好きだよ」
目線を合わせてにっこり微笑まれる。
もう、そこが限界だった。
「っも、もう行かなきゃ」
振り払うようにしながら腰をあげて立ち上がる。
顔を向けると少しだけ驚いたように瞬く湊が目に入った。
「あ、え、っと、……そうだ、今日の夜は何食べたいっ!?」
何だか昨日のことを思い出してしまって、誤魔化すためにも何か言わなきゃと思うと、そんな言葉が口から出てきた。
たぶん、後ろでテレビがグルメ特集をやっているせい。
「そうだなー……うーん……肉?」
湊は少し考える素振りを見せて、それからそう首を傾げた。
「えーと、お肉? 牛肉? 豚肉?」
「それはみひろさんが決めていーよ。……って、もう行くんでしょ? 遅刻しちゃうよ」
湊の声に振り返ると、テレビの中の時計が7:58を示していた。
「え、うそ、やば……っ、行ってきます!」
8時に出ても間に合うことは間に合うけど。
電車が遅延したら終わりだし……と思って鞄を持って慌てて部屋を後にする。
「いってらっしゃいー」
そんな湊の見送る声を背に、私は家を飛び出した。