レンタル夫婦。
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罪悪感を少しだけ覚えながらも、仕事が終わり定時で帰宅準備をする。
駅まで桃ちゃんと一緒に歩いて電車に乗った。
最寄り駅で降りて、スーパーに寄る。


「……えっと……お肉だっけ……」

昨日は豚肉だったし、と思って牛肉を見てちょっと値段に躊躇う。
湊はお肉が好きみたいだし、おいしいのを買ってあげたい気もするけど。
結婚生活ってそうじゃないよね、って思い直す。

丁度セール中だったらしい鶏もも肉を買うことにして、他にも必要なものを買ってスーパーを後にした。
まだ慣れない新築のマンション。
立派な玄関はオートロックで、鍵を差し込んで中に入る。
セキュリティー機能も高く、入り口には防犯カメラがあった。
エレベーターに乗り込んで8階のボタンを押す。
廊下を少し進んで802号室の前、鍵を差し込んで扉を開ける。
湊はまだ居ないようだった。
手洗いやうがいを済ませてご飯の準備をする。
エプロンを付けて買ってきた鶏肉をトマトソースで煮込みながら、何となく昨日のことや今朝のことを思い出してしまう。

「……今日は、上手く話せるといいけど」

どうして、会社やそれ以外でも人と普通に話せるのに、湊の前だとあんなに緊張しちゃうんだろう。
いくら山上くんそっくりだからって、本当に山上くんな訳じゃないのに。
ぐつぐつと煮える鍋を覗いて、そんな事をぼーっと考える。

「――ただいま、みひろさん……いいこにしてた?」
「ひゃうっ?!」

突然、後ろから抱きしめられたかと思うと耳元で声が響いて全身が思い切り跳ねた。よく分からない声が飛び出して、危うく鍋をひっかけそうになる。

「み、湊……帰ったなら、声かけてっ」
「かけたよ? でもみひろさん気付かないから」
「う……それは、ごめん。でも、いきなり抱き着かなくたって、」
「だって、呼んでも気付かないなら、こうした方が早いと思って」
「……お鍋とかあるから危ないよ」

湊の匂い、体温、声。
全部が全部、私を支配する。
身動きが取れなくなって、やっぱり上手く話せなくて。
心臓の音ばかりが煩くなっていく。
もう苦しいって思う辺りでやっとそれが離れていった。
ホッと息を吐き出して安心すると同時に、少しだけ寂しさを感じる。

「ごはん、もう出来そう?」
「うん、出来るから……手、洗ってきて?」
「ん、わかった」

湊は頷いて、……そして私の頬に軽く口付けて去っていった。

「っ……」

足音が遠ざかった瞬間、気が抜けてその場にへたり込む。
湊はどうしてこう……簡単に抱きしめたりキスしたりするんだろう。


――なんで、私は……年下に、こんなに振り回されてるんだろう。



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