レンタル夫婦。
「? 何かついてる?」
「! え、ううん、何でもないの」
綺麗に箸を使うなぁなんて眺めていたら、視線が私の方を向いて尋ねられる。
慌てて首を振って否定すると、疑うような視線を向けられた。
「そう? その割には、じっと見てたけど?」
「……えっと、その、味、大丈夫かなぁって……?」
咄嗟に浮かんだ言い訳を口にすると彼は、なるほど、というように箸を置いた。
そして、無邪気に笑ってみせる。
「あーそっか、ごめん。オレ、感想言ってなかったね。すっげーうまい」
きゅん、って。
胸が、しめつけられるかと思った。
目の前で笑う彼は可愛くて、カッコ良くて……なんだろう、この無邪気さは。
ああああ神様、可愛いよぉ。
……そんな風に騒いでしまいたくて、必死に堪えて、たぶんおかしな表情になった。
それを見られたくなくて俯くと心配そうな声をかけられた。
「食べないの?」
「食べるっ」
それに慌てて返事をして箸を掴む。
どうしよう私ずっと、挙動不審で……これじゃあ、すぐに呆れられそう。
「そう? せっかくだから、冷めないうちに食べようよ」
「うん……」
頷き、視線をテーブルへと落として、お椀を手に持つ。
そっとお味噌汁を一口口へと含んだ。
いつも食べ慣れている味の筈が、緊張しすぎて味が分からない。
そのまま、他のものに手をつけても全部味が分からなくて、分からないまま咀嚼していく。
「……いいよね、こういうの。新婚みたいで、さ」
「!」
不意に聞こえた呟きに、持っていたお茶碗を落としそうになる。
慌てて持ち直すと、目が合った彼は照れたようにはにかんだ。
「……まぁ、みたい、じゃなくて、新婚なんだけど」
「っ」
あんまりにもさらっと言われすぎて、何も言葉が浮かばない。
何なの?
何でそんな平然としてるの?
まさかそう責めるわけにもいかなくて、小さく頷いた。
それをどう受け取ったのかは分からないけれど、彼は無言で微笑む。
――そう、私、中原みひろは、目の前の彼――佐伯湊と、夫婦になった。……らしい。
「……あのさ、明日もインターホン、鳴らした方が良い?」
「え?」
急に声をかけられて慌てて顔を向ける。
湊は困ったように笑った。
「んーと、今日はみひろさんの頼みだし鳴らしたけど、その、一応夫婦な訳だし? 鍵もあるし、普通に入ってきても良いかなって……」
「あ、うん……、そ、そうだよね! わざわざチャイム鳴らすの変だよね!」
うんうんっなんて何度も頷く。
湊は何を考えているのか分からない瞳を私に向けて、柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、明日は普通に帰ってくるよ」
「……うんっ」
どうして、そんなに落ちているの? そう訊きたくなるくらい、湊は普通に食事をしている。
一方の私は味が分からないまま、箸を進めていった。