レンタル夫婦。
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近所のファミレス。
30分後に待ち合わせということでありささんと落ち合った。

「すみません、急にお呼び建てしてしまって」
ありささんはもうファミレスに着いていて、私が到着するとそう言って頭を下げた。
丁寧な対応に何だか申し訳なくなって首を振る。

「いえ、私の方こそ。忙しいのにこちらまで来て頂き有難うございます」
「良いんですよ、丁度近くに居りましたので。……晩御飯って食べました? まだでしたら何か注文しちゃってください」
「あ、じゃあ……何か食べます」

ちょっと砕けて笑うありささんは、とても美人で、思わず見とれてしまう程だった。
晩御飯を食べていなかったのを思い出し、メニューを手に取る。


メニューを決めて二人分店員さんに注文を終えたところで、改めてありささんと向き合った。
目が合うとありささんは柔らかく笑う。

「今日で4日目……ですよね? どうですか、佐伯くんとの同居生活は」
「それが……えっと、よく分からなくて」

ありささんからの問いかけに、本音を返した。
本当に、よく分からない。
湊のことも、……自分がどうしたいのかも。

「どう……分からないですか?」

ありささんが優しく促す。
私はそんなありささんを真っ直ぐに見つめた。
穏やかな瞳が私を見ていて、全部話したくなる。

「その……私……」

そして私は、ずっと思っていたことをぽつりぽつりと口にしていった。
顔が好みすぎて緊張して話せないこと。
湊は平然と抱きしめたりしてきて、何を考えてるか分からない。
昨日も今日も顔を合わせていなくて、これで夫婦と呼べるのか不安……など。
私が話している途中で、店員さんが頼んだ料理を持ってきた。
ありささんはそれでも私の話を遮らずに静かに聴いてくれた。
私が全てを話し終えると、少し悩むような素振りを見せる。

「んーそうですね……佐伯くんには私たちから甘めでってお願いしてるからかもしれない」

そして返ってきた答えに私は首を傾げた。
「甘めで?」
「そう。やっぱり女性って褒められたら嬉しいじゃないですか。綺麗とかかわいいとか」
「まぁ……そうですね」
「はい。だから佐伯くんには、なるべく褒めるように、甘い雰囲気で接するようにはお願いしています。……それが嫌っていうのなら、変更するように頼めないこともないですが」
「いやってわけじゃ……」
嫌じゃない。むしろ嬉しい。でも、心臓が、もたない。
言葉にしようとしたら思い出してしまって、胸の奥がきゅってなる。
苦しくて俯くと、ありささんが気遣うように口を開いた。

「逆にききますけど、みひろちゃんはどういう夫婦がいいの?」
「え、どうって言われても……あんまりパッとイメージ出来ないっていうか……」

冷たくはされたくない。
けど、距離感がよく分からない。

「みひろちゃんの、ご両親はどんな感じ?」
「うちですか?普通だと思いますよ」
「ご両親みたいな夫婦がいいって思う?」

うーん……自分の親同士の関係なんて深く考えたことがなくて言い淀む。

「そういうわけじゃない、です……」

曖昧な気持ちのまま否定する。
ありささんは少しだけ困ったように笑った。

「……とりあえず、食べますか? 冷めてしまいますし」

そして、ずっと放置されていた食事へ意識を移し、頂きます、と挨拶をして食べ始める。

カチャ、と時折食器がぶつかり合う音が響く。
私が頼んだのはたらこのパスタ。
パスタを巻き取りながら考えて、思いついたままを声に出す。

「その……湊って、私を本当に好きな訳じゃないじゃないですか。どうしてあんな風に接してくるのか、それが理解出来ないんです」

まるで、本当に私を好きみたいにされて、勘違いしてしまいそうになる。
顔をあげてありささんを見ると、眉尻の下がった困った表情が映った。

「んーそもそもその認識が良くないというか……佐伯くんは本当にみひろちゃんがすき。二人は本当の夫婦。そう思って過ごしてみるのは出来ない?」
「本当に、好き?」
「そう。みひろちゃんも、佐伯君が好きで、佐伯君にも本気になってもらう。そういうつもりで過ごして欲しいの」

ありささんはいつの間にかタメ口になっていて、熱く語られる。
その目が随分真剣で、私は気が付くと頷いてしまっていた。

そして、ずっと不安に思っていたことを口にする。

「……その、でも私……湊の事、何も知らなくて……今日もまだ帰ってきてないけど、どこで何してるのかも分からないんです」
「うーん……それは、私の口からは言えないから。佐伯くんに直接訊いてみてもらっていい?」

ありささんは大分悩む素振りを見せたあと、そう申し訳なさそうに告げる。
確かに、本人じゃない所から情報を仕入れようなんて、少しずるいかもしれない。

「分かりました。今度湊に訊いてみます。……ありささん、色々有難うございました」

なるべく笑顔を作ってありささんへとお礼を言った。
それからは他愛もない話をして、手伝ってもらいながら報告書を少し書いて帰路についた。

家に帰ると、まだ湊は帰っていないみたいだった。
今日ももしかしたら帰ってこないのかもしれない。
そう考えると、胸の奥がちくんと痛む。

スマホを見ても、連絡は夕方の一度きり。
私が送ったメッセージへの返信はなかった。
それが少し寂しくて……ざわざわした気持ちのまま、私はこの日、眠りについた。


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