レンタル夫婦。
**
順番を待つ列に並んで十数分。
自分たちの番が来て観覧車へと乗り込んだ。
湊が先に乗り込んで、私の手を引いてくれる。
狭い空間。
二人きりになって、また心臓が煩く主張を始めた。

「ここさ、夜景が綺麗で有名だけど、昼間の景色も好きなんだ、オレ」
湊はそう言って今まで見せたことのないような表情を作った。それについ見惚れてしまうと、湊は目線を合わせて柔らかく微笑んだ。

少しずつ少しずつ、観覧車が揺れて高度が上がっていく。

「みて、みひろさん」

そう言って湊は外を指差した。
そちらへと視線を動かすと、海沿いの街が眼下に広がっていった。
青い海と、同じぐらい青い空。
白い雲が広がって、都会の中心部というのを忘れてしまいそうになる。

先程歩いてきた遊歩道も、海に浮かぶ船も、何だかすごく……非日常的で。
ついつい見惚れてしまっていた。

「……気に入ってくれた?」

いつの間にか湊が隣へ移動してくる。そのまま肩を抱き寄せられて、至近距離で囁かれた。

「うん……こういうの、初めて」

ドキドキが止まらない。
でも、感謝の気持ちは伝えたくて、頷きながら何とか言葉にして伝えた。
湊は嬉しそうに笑って、私の髪を優しく撫でた。

「……良かった。オレ、……正直結構、悩んだんだよね」
「え?」

耳に入った意外な言葉に湊を見る。
意味が上手く理解出来ずに首を傾げると、困ったように湊は笑った。

「みひろさんって、どういうのが好きか分かんなくて。……美人だし、おしゃれだし、普通のデートはもう飽きてるのかなぁ、とか考えたよ」
「え、私が……!?」

湊にそんな風に思われているとは思わなくてつい声が大きくなる。
困ったように肩を竦めて、湊は顔を外へと向けた。
観覧車がてっぺん近くまで移動する。

「……オレさ。この話受けた時、正直……こう、なんていうのかな。ちょっと偏見があって。レンタル夫婦、なんていうのを望むくらいだから……こう言うのも失礼だけど、見た目とか気を遣わなかったり、人と上手く話せないような女の人が来るのかと思ってた」

……私が最初に抱いたイメージと似た内容につい親近感を覚える。
私も、こんなにカッコイイ湊が来るなんて思っていなくて。

「みひろさん、見た目すごくモテそうだし。料理も上手いしで……正直何でこのサービス希望したのか分かんないくらいだよ。オレで良いのか、って結構自信ない、これでも」

湊がまたこちらを向く。
いつもとは違って弱気な笑顔に、庇護欲が刺激された。
我慢出来ずに、つい湊を抱きしめる。

「っ……みひろさん?」
「湊、かわいい……」

男の子に可愛いとか失礼だなって分かってる。
でも、可愛い物は可愛い。
普段自信満々に見えて、いつだって余裕に見えた湊の初めて見せる弱い部分に、私はすっかり気持ちを持っていかれていた。

「かわいいって……オレ、男なんだけど」
「うん、それは解ってるけど……湊のこういう姿、初めて見たからうれしくて」
「……ダサくない? 今のオレ」
「ううん、一生懸命で嬉しい」

私のために悩んで、一生懸命考えてくれたっていうのが本当に嬉しくてそう伝える。
湊は驚いたように少し目を見開いて、それからはぁっと溜息を吐いた。

「敵わないな。……みひろさん、普段は全然慣れてないみたいな反応するくせに、時々そういうこと言うよね。……オレ、そういうのに弱いんだけど」
「……湊は、普段慣れてますって触るのにこういうのに弱いんだ?」

湊の本心みたいな言葉が嬉しくてついからかうみたいになる。
抱きしめたまま片手で頭を撫でると湊は少し拗ねたみたいな声を出す。

「みひろさんさ……オレのこと、子供扱いしてない?」
「そんなこと、ないよ」

ちょっとだけ優位に立てたのが嬉しくてふふっと笑うと湊はまた溜息を吐いて私を抱きしめ返した。

「悔しいな。オレが、みひろさんをドキドキさせたいのに」
「してるよ? ……湊といると、いつもドキドキしてる」

本音を零して湊を真っ直ぐに見つめる。
目が合った湊は瞳を細めて笑った。
それから、何も言わずにそっと体を離す。

「湊……?」

不思議に思って声を掛けると窓の外を示された。
もう大分高度が下がって、二つ前の観覧車の人達が下りている所だった。

「あ……もう、一周しちゃったんだ」

何だか物凄くあっという間に感じて、名残惜しさが募る。
それを声に乗せると湊は笑った。

「まだ帰る訳じゃないから。……そろそろお腹、空いたでしょ」



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