レンタル夫婦。
6章:ケンカ、そして……
**
――残り、22日
朝起きたら湊は寝てるみたいだった。
起こさないように気を付けて準備をし、部屋を後にする。
それからいつものようにコンサート会場に行き、物販の列に並んだ。
始発じゃなくてもある程度は買える。
最近はいつも一人で来るから自由に過ごす。
物販を買って、そしたら近くでご飯を食べて時間を潰して。
開場の時間が近付いたらまた列に並ぶ。
あっという間に開場して、中へと入る。
FCで取っているから席は前の方。
中に入ってから開演までの30分間、この時間が一番長く感じる。
SNSでやり取りをしている人たちに、コンサートが終わったら落ち合おうと約束して、スマホの電源を切った。
少し経ち、開演の時間が来て、コンサートが始まる。
きゃあああと黄色い歓声が響き渡り、ステージに霰のメンバーが現れる。
それだけでもう、心臓は高鳴りテンションが上がった。
あとはもううちわやペンライトを振って、時々メンバーの名前を呼んで、会場の観客と一体になる。
その一体感はたまらないし、何よりもステージで歌って踊る彼らはキラキラ輝いていて。
テレビとは少し違う歌声も、普段聞けないMCも。
本当に大好きで大好きで仕方がない。
どうしてこんなに好きなのか、どうしてこんなにあっという間に時間が進むのか分からない。
何よりも生きてる、って実感しながら私は大盛況のコンサートを全身全霊で楽しんだ。
**
「いやー、今日も本当最高だったね!!」
コンサートが終わり、いつも顔を合わせる霰仲間と落ち合う。
今日は私を入れて四人。
そのままファミレスに行って今日のコンサートについて語りあった。
どの曲が良かったとか、どのシーンが良かったとか。
MCのこれが~とか、本当に好き勝手に。
普段は周りに語れる人が居ないから、分かちあえることが嬉しくて、私たちは夢中で語り続けた。
途中ファミレスから居酒屋へと場所を変えて、お酒も飲んで本当に盛り上がる。
「あ、やば、もうこんな時間! ……終電やばい!」
メンバーの一人がそう言って、私も慌てて腕時計を見た。
私の終電も近かった。
それからはわたわたと解散をする。
また次のコンサートで会う約束をして駅で別れる。
目当ての電車は遅延しているらしく、ホームで散々待たされた。
そのせいで最寄駅に着くのが大分遅くなってしまい、マンションの前に着いたのは1時を回った後だった。
「……おかえり」
お酒も入っているせいで、ふわふわとした足取りで扉を開ける。……と、何故か怒っているような湊がそこに居た。
よく分からなくて首を傾げる。
「ただいま。まだ起きてたんだ?」
靴を脱いで片付けながらそう問うと、湊はあからさまに不機嫌になった。
「ねぇ、遅くなるなら連絡いれてよ」
その声が普段よりずっと低くてびくっとしてしまう。
湊が一歩こちらへ近付く。距離が近付いて私は何となく硬直した。
「別にさ、子供じゃないし、早く帰って来いとは言わないけど。一言くらい連絡あっても良くない? 既読もつかないし心配したんだけど」
「え!」
そこで私はファミレスに行ってから一度もスマホを触っていないのに気付いた。
慌てて取り出すと湊からのメッセージと着信があった。
「ごめん……待っててくれてるなんて、思わなくて」
正直に謝ると、湊は大きく溜息を吐いた。
「あのさ。オレとみひろさんって夫婦なんだよね?」
「そう、だね……」
「今って新婚一週間ってとこじゃん。それでこれってあんまりじゃない。やる気あるわけ」
湊の声は低いまま。怒ったような視線が突き刺さる。
私は気まずくなってそれを逸らした。
「ごめん……」
「大体友達とさぁ、そんな遅くまで盛り上がる? 夜待ち合わせならわかるけど……朝から出かけてたでしょ」
痛いところを突かれてきりきりと胃が痛んだ。
真剣な湊にもう、嘘を吐きたくないと思った。
「湊、……あのね?」
「何」
「私……湊に、隠してることがあって」
嫌われるかもしれないし、幻滅されるかもって思った。
でも、ここで言わなかったら、湊ともう二度と笑い合えないような、そんな気がした。
「私、ね。……その、アイドルがすきなの」
「は? アイドル?」
湊は意味が分からない、というように眉を寄せた。
私は内心ドキドキしながら頷く。
「そう……その、いわゆるジェニーズ? 子供のころから追っかけてて……今日も、そのコンサートだったんだ。嘘ついててごめんなさい」
そう、思い切り頭を下げたけど湊は何も言わなかった。
そのせいで何だかどうしようもない気持ちがこみ上げる。
随分長い間、沈黙が続いた。
どうして良いか分からなくて、私はただただ待つしかない。
もう沈黙が辛い、と思った時湊は大きなため息を吐いた。
「……はあ。何で隠すかな、そういうの」
「ごめんなさい……」
「オレ、そんな趣味で人を判断するように思えた?」
「……」
そうとも違うとも言えなかった。
何も言わないのを肯定ととったらしく、湊がまた溜息を吐いて体を離す。
「……まぁ、いいけど」
呆れたような湊が私から離れていく。
それが、何だかすごく嫌だった。
「待って」
気付いたらそう言って湊の腕を掴んでいた。
驚いたような湊がこちらを向く。
私は思いっきり抱き着いた。
「本当、ごめん。湊が優しいからって甘えて……心配かけて。怒られるの、当たり前だと思ってる。……でも、ジェニーズの追っかけとか、あんまりいいイメージないだろうし、中々言えなかったの」
行かないで欲しくて、ぎゅって力をこめる。
湊はもう何回目か分からない溜息を吐いて、私の頭をぽんぽん叩いた。
「みひろさんってさぁ、何でそうなのかな」
「え?」
「好きなんでしょ? アイドル。……だったら別に、堂々としてればいいと思うけど」
「そう……かな」
「だって、隠すってことはやましいってことじゃん? そういうのがないなら普通にしてなよ」
「……うん、ありがと」
湊の声がいつものように戻ってホッとする。
それに安心したら何でか涙が滲んだ。
「……ちょっと、泣かないでよ」
「ごめん、なんでかわかんない」
目が合った湊がぎょっとする。
慌てて目元を拭っても、それはどうしてか溢れた。
悲しい訳じゃないはずなのに止まらなくて慌てる。
……と、湊は困ったように顔を寄せて、目元にキスを落とした。
「みな、」
「……泣かないで。オレ、涙に弱いから」
「……うん。あのね、この前……テレビで誰が好きってきいたでしょ?」
「うん?」
「えっと……バラエティーで。あの時俳優の人を答えたけど、本当は霰の三宮くんが好きだったんだ」
「あー……あったね、そういうことも」
ずっと引っかかっていたことを口にすると湊は確かに、と頷いた。
「ずっと言えなくて……ごめん」
「だから、謝らないでって」
湊はあやすように言って私の涙を舐めとり、そのまま額に口付ける。
私はそんな彼を見上げて、ぐずぐずと気持ちを伝えた。
「私、この企画のこと……軽く見てたかもしれない。湊は私と真剣に向き合ってくれてるのに……本当に、ごめんなさい。これからは気を付けるから、許してくれる?」
湊は少しだけ驚いたように瞬いて、それからふっと笑った。
「いいよ、……今回だけね」
その笑顔と声がすごく優しくて、もうこの人を悲しませたり傷つけたくないって思う。
明日からは心を入れ替えようって決めて、私はその日、眠りについた。
――残り、22日
朝起きたら湊は寝てるみたいだった。
起こさないように気を付けて準備をし、部屋を後にする。
それからいつものようにコンサート会場に行き、物販の列に並んだ。
始発じゃなくてもある程度は買える。
最近はいつも一人で来るから自由に過ごす。
物販を買って、そしたら近くでご飯を食べて時間を潰して。
開場の時間が近付いたらまた列に並ぶ。
あっという間に開場して、中へと入る。
FCで取っているから席は前の方。
中に入ってから開演までの30分間、この時間が一番長く感じる。
SNSでやり取りをしている人たちに、コンサートが終わったら落ち合おうと約束して、スマホの電源を切った。
少し経ち、開演の時間が来て、コンサートが始まる。
きゃあああと黄色い歓声が響き渡り、ステージに霰のメンバーが現れる。
それだけでもう、心臓は高鳴りテンションが上がった。
あとはもううちわやペンライトを振って、時々メンバーの名前を呼んで、会場の観客と一体になる。
その一体感はたまらないし、何よりもステージで歌って踊る彼らはキラキラ輝いていて。
テレビとは少し違う歌声も、普段聞けないMCも。
本当に大好きで大好きで仕方がない。
どうしてこんなに好きなのか、どうしてこんなにあっという間に時間が進むのか分からない。
何よりも生きてる、って実感しながら私は大盛況のコンサートを全身全霊で楽しんだ。
**
「いやー、今日も本当最高だったね!!」
コンサートが終わり、いつも顔を合わせる霰仲間と落ち合う。
今日は私を入れて四人。
そのままファミレスに行って今日のコンサートについて語りあった。
どの曲が良かったとか、どのシーンが良かったとか。
MCのこれが~とか、本当に好き勝手に。
普段は周りに語れる人が居ないから、分かちあえることが嬉しくて、私たちは夢中で語り続けた。
途中ファミレスから居酒屋へと場所を変えて、お酒も飲んで本当に盛り上がる。
「あ、やば、もうこんな時間! ……終電やばい!」
メンバーの一人がそう言って、私も慌てて腕時計を見た。
私の終電も近かった。
それからはわたわたと解散をする。
また次のコンサートで会う約束をして駅で別れる。
目当ての電車は遅延しているらしく、ホームで散々待たされた。
そのせいで最寄駅に着くのが大分遅くなってしまい、マンションの前に着いたのは1時を回った後だった。
「……おかえり」
お酒も入っているせいで、ふわふわとした足取りで扉を開ける。……と、何故か怒っているような湊がそこに居た。
よく分からなくて首を傾げる。
「ただいま。まだ起きてたんだ?」
靴を脱いで片付けながらそう問うと、湊はあからさまに不機嫌になった。
「ねぇ、遅くなるなら連絡いれてよ」
その声が普段よりずっと低くてびくっとしてしまう。
湊が一歩こちらへ近付く。距離が近付いて私は何となく硬直した。
「別にさ、子供じゃないし、早く帰って来いとは言わないけど。一言くらい連絡あっても良くない? 既読もつかないし心配したんだけど」
「え!」
そこで私はファミレスに行ってから一度もスマホを触っていないのに気付いた。
慌てて取り出すと湊からのメッセージと着信があった。
「ごめん……待っててくれてるなんて、思わなくて」
正直に謝ると、湊は大きく溜息を吐いた。
「あのさ。オレとみひろさんって夫婦なんだよね?」
「そう、だね……」
「今って新婚一週間ってとこじゃん。それでこれってあんまりじゃない。やる気あるわけ」
湊の声は低いまま。怒ったような視線が突き刺さる。
私は気まずくなってそれを逸らした。
「ごめん……」
「大体友達とさぁ、そんな遅くまで盛り上がる? 夜待ち合わせならわかるけど……朝から出かけてたでしょ」
痛いところを突かれてきりきりと胃が痛んだ。
真剣な湊にもう、嘘を吐きたくないと思った。
「湊、……あのね?」
「何」
「私……湊に、隠してることがあって」
嫌われるかもしれないし、幻滅されるかもって思った。
でも、ここで言わなかったら、湊ともう二度と笑い合えないような、そんな気がした。
「私、ね。……その、アイドルがすきなの」
「は? アイドル?」
湊は意味が分からない、というように眉を寄せた。
私は内心ドキドキしながら頷く。
「そう……その、いわゆるジェニーズ? 子供のころから追っかけてて……今日も、そのコンサートだったんだ。嘘ついててごめんなさい」
そう、思い切り頭を下げたけど湊は何も言わなかった。
そのせいで何だかどうしようもない気持ちがこみ上げる。
随分長い間、沈黙が続いた。
どうして良いか分からなくて、私はただただ待つしかない。
もう沈黙が辛い、と思った時湊は大きなため息を吐いた。
「……はあ。何で隠すかな、そういうの」
「ごめんなさい……」
「オレ、そんな趣味で人を判断するように思えた?」
「……」
そうとも違うとも言えなかった。
何も言わないのを肯定ととったらしく、湊がまた溜息を吐いて体を離す。
「……まぁ、いいけど」
呆れたような湊が私から離れていく。
それが、何だかすごく嫌だった。
「待って」
気付いたらそう言って湊の腕を掴んでいた。
驚いたような湊がこちらを向く。
私は思いっきり抱き着いた。
「本当、ごめん。湊が優しいからって甘えて……心配かけて。怒られるの、当たり前だと思ってる。……でも、ジェニーズの追っかけとか、あんまりいいイメージないだろうし、中々言えなかったの」
行かないで欲しくて、ぎゅって力をこめる。
湊はもう何回目か分からない溜息を吐いて、私の頭をぽんぽん叩いた。
「みひろさんってさぁ、何でそうなのかな」
「え?」
「好きなんでしょ? アイドル。……だったら別に、堂々としてればいいと思うけど」
「そう……かな」
「だって、隠すってことはやましいってことじゃん? そういうのがないなら普通にしてなよ」
「……うん、ありがと」
湊の声がいつものように戻ってホッとする。
それに安心したら何でか涙が滲んだ。
「……ちょっと、泣かないでよ」
「ごめん、なんでかわかんない」
目が合った湊がぎょっとする。
慌てて目元を拭っても、それはどうしてか溢れた。
悲しい訳じゃないはずなのに止まらなくて慌てる。
……と、湊は困ったように顔を寄せて、目元にキスを落とした。
「みな、」
「……泣かないで。オレ、涙に弱いから」
「……うん。あのね、この前……テレビで誰が好きってきいたでしょ?」
「うん?」
「えっと……バラエティーで。あの時俳優の人を答えたけど、本当は霰の三宮くんが好きだったんだ」
「あー……あったね、そういうことも」
ずっと引っかかっていたことを口にすると湊は確かに、と頷いた。
「ずっと言えなくて……ごめん」
「だから、謝らないでって」
湊はあやすように言って私の涙を舐めとり、そのまま額に口付ける。
私はそんな彼を見上げて、ぐずぐずと気持ちを伝えた。
「私、この企画のこと……軽く見てたかもしれない。湊は私と真剣に向き合ってくれてるのに……本当に、ごめんなさい。これからは気を付けるから、許してくれる?」
湊は少しだけ驚いたように瞬いて、それからふっと笑った。
「いいよ、……今回だけね」
その笑顔と声がすごく優しくて、もうこの人を悲しませたり傷つけたくないって思う。
明日からは心を入れ替えようって決めて、私はその日、眠りについた。