レンタル夫婦。
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「ごちそうさま」
無言の食事が続いて15分程経つと、湊の声が響く。
綺麗に完食されているのを見てホッとした。
少し遅れて私も食べ終わるのを見届けると、何も言わないまま湊は食器を纏めて立ち上がる。
「あ、いいよ、私やるから」
「ううん。食器くらい洗わせて?」
慌てて声をかけるけど笑顔でかわされてしまう。
あの笑顔は、反則だ。
また何も言えなくなって、私は無言のまま自分の食器を纏めて後に続いた。
早速とばかりにスポンジを泡立てている湊が目に入って、それすら様になっていて、つい見惚れそうになる。
それに気付いた湊がシンクの横を視線で示した。
「とりあえず、ここ置いといて? やっとくから」
「えっと……じゃ、じゃあ私! お風呂の用意してくるね!」
「うん」
隣に立つ勇気はなくて、逃げるように廊下へ向かう。
途中のパネルに覚えたばかりの操作をして、その先にある洗面台兼脱衣場を通って、浴室の扉を開けた。軽く浴槽をシャワーで流してお湯を出す。
その音に溶け込ませるように息を深く吐いて、流れるお湯を見つめた。
湯気を浴びながら何度か深呼吸をして気持ちを少し落ち着かせる。
お湯が半分程溜まった所で廊下へと戻った。
キッチンまで着くと、洗い終えた食器を拭いているらしい湊が映る。どうしていいか分からずに少し離れた距離からそれを見つめた。
手伝う? と声をかけた所できっと、もう終わると言われてしまう。……でも、見ているだけなのも違う気がして、一歩だけ足を踏み出す。
「ありがと、全部やってもらって……」
「ん? いいよこのくらい。作ってもらったんだし」
「……湊は、よく家事するの?」
「そーだね、テキトーだけど」
手慣れている気がして訊くと、はぐらかすみたいに湊は笑った。そして、最後の一枚のお皿を棚に戻して、布巾を片付けてから体ごと私の方を向く。
「お風呂って、すぐ入れる感じ?」
「うん……たぶん、もう2~3分ぐらいかな? ……あ、タオルとか大丈夫?」
「ん、部屋にあるしとってくるよ」
何となく一緒にダイニングを出てリビングへ向かう。と、そうだ、と湊は足を止めた。
「? 何?」
「お風呂、せっかくだし一緒に入る?」
「!?」
かけられた問いかけに、私は思い切り硬直した。
どこまでが本心か分からなくて、何も言葉が出てこない。
それでも、湊はよく分からないまま表情のまま私に近寄ってくる。
緊張で、バクバクと心臓が鳴った。
何か言わなきゃ、と思って唇を開くも声にならない。体もやっぱり動かなくて、逃げることも出来なかった。
すぐ目の前に湊の整った顔が映る。
間近で視線が合うと、彼はクス、と笑って私の頬に顔を寄せた。
「――なんて、ね」
そう、聞こえたとほぼ同時、ちゅっと音がして頬にくすぐったいような感触。
「え!」
「んじゃ、いってきまーす」
びっくりして固まる私を無視して、湊は廊下へと消えた。
パタン、扉の閉まる音を合図に、私はへなへなとその場へへたり込む。
き、キス……された。
ほっぺ、だけど。
だって、私たちは――
本当の、夫婦じゃないのに。